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「動画」という言葉が大っ嫌いである

動画という言葉が大っ嫌いである。
どうにも納得できないことがあるからだ。
漢語としてみれば、画が動くのだからアニメーションのことだ、と、思ってしまう。
そして、そこから思考停止状態に至る。
世の中で動画と言われている「ものども・ことども」を見ると、単なる映像ファイルにしか思えない。
まず、用語の検討からだな。
動画に相当する英単語はなんだろう?
そもそも、あるのか?
困る。


英語でなんと言う?

英語には、「映像」「動画」に相当しうる語がいくつかあったはず。

  • video〔注1〕:ラテン語
    videō(「わたしは見る」)に由来する。英語としての初出は1934〜35年とされており〔注2〕、映像信号全般を指す語であって、「動く」という要素は字義に含まれていない。
  • animation〔注3〕:ラテン語
    animātiō(「生命を与える行為」)に由来し、さらにさかのぼると
    anima(「生命・息・魂」)に行き着く。映像への転用は1912年ごろとされる〔注4〕。
  • movie:moving
    picture(動く絵)の略。長編の物語映像作品というニュアンスが強い。
  • film:フィルム素材に由来する。芸術的・格式的なニュアンスがある(“a
    film by Kurosawa” など)。

親戚関係にあるドイツ語では、Video(英語からの借用語)が日常語として定着している。アニメーションには
Animation または
Trickfilm(トリック映画)が使われる。映像一般には
Bild(像・画)が当てられ、「動く映像」を厳密に指したい場合は
Bewegtbild(bewegt=動く、Bild=画)という複合語が存在する〔注5〕。Bewegtbild
は字義の上では日本語の「動画」に最も近い語といえる。

しかし、英語もドイツ語も、現代日本語の「動画」に正確に対応する一語を持っていない。
ますます困ったぞ。


「動画」は、アニメーションの訳語ではないのか?

直感的には、そう見える。 少なくとも、わたしには。

「動く画」という字義は、ラテン語
anima(「生命・息」)を語源とし「命を吹き込む」を意味する
animāre 〔注3〕、つまり animation と、意味的に重なる。

実際、日本のアニメ制作現場では「動画」は古くから専門用語として使われてきたらしい。
原画と原画の間を補完する中割り(inbetweening)の工程・担当者を「動画」と呼び、「原画」と区別していた〔注6〕。

もしかして、情報と同様、明治時代に作られた造語か?
明治といえば、福沢諭吉先生だ、けどな…


福沢諭吉先生っ…ではない?

福沢諭吉先生が作ったのなら、無条件で納得するのだけれども、違った。
政岡憲三(まさおか けんぞう、1898〜1988年)なんだそうな。
日本のアニメ黎明期を切り拓いた監督・演出家で、「日本のアニメーションの父」とも「日本動画の父」とも呼ばれているらしい〔注7〕。

政岡は1929年…なんだ、昭和かよ…から日活太秦撮影所でアニメーション制作に着手した。
日本初のトーキーアニメーション〔注8〕や、日本初のフルセルアニメーション『くもとちゅうりっぷ』(1943年)〔注7〕を制作し、日本アニメーション界に多大な影響を与えた人物だ。

1937年ごろ、政岡は弟子たちとともに日本動画協会を発足させ、それ以前「漫画映画」や「線画」と呼ばれていたものを「動画」と呼ぶようになった〔注7〕。ただし研究者のなかには「アニメーションの訳語として動画を使ったわけではない」という見解もあり〔注9〕、命名の経緯については厳密には議論の余地がある。

いずれにせよ、「動画」は特定の文脈のなかで使われ始めた語なんだよ。


マルチメディアはどこに行った?

1990年代前半、マルチメディアという言葉がもてはやされた。
パソコン上の映像は「動画像」「ビデオクリップ」と呼ばれており、「動画」はまだ一般語として定着していなかったよなぁ。

また、「アニメーション」の略称「アニメ」が1970〜80年代に定着したことで〔注10〕、「動画」はアニメ専用の語である必要がなくなり、意味的な宙ぶらりん状態に入ったとも言える。

整理すると。

年代 主な用語
1930〜40年代 動画(制作用語として政岡が使用)
1960〜80年代 アニメ・ビデオ(それぞれ棲み分け)
1990年代前半 動画像・映像・ビデオクリップ(マルチメディア期)
2000年代後半〜 動画(ネット動画・Web 2.0期に一般定着)

ブロードバンドと動画共有サービスの時代に一気にジャンプ。
カタストロフィーーーーーーーーーー


そうそう「ニコニコ動画」

2006年に登場した「ニコニコ動画」〔注11〕が転換点か?。
これも嫌いなのだけれど、それはそれとして。

ただし、「ニコニコ動画」は「ニコニコ」+「動画」と分解してはいけないだろう。
これは固有名詞として一体で機能する語だ。「YouTube」を「You」+「Tube」と分解して意味を問わないのと同じことである。

この固有名詞の中に「動画」という語が含まれていたことが重要かもしれない。
「(ニコニコ動画で)動画を見る」「動画を上げる」
日常的に使ううちに、固有名詞の一部だった「動画」が一般名詞として独立し、インターネット上の映像コンテンツ全般を指す語として転用されていったはず。

固有名詞という意味的に不透明な文脈に守られていたからこそ、「動画」という語は厳密な定義の検証を受けないまま一般化できたんだよ、きっと、多分、おそらく…
拡大解釈が無自覚に進行したんだよ、きっと、多分、おそらく…


なんだ、誤用なのかよ

規範的な立場からは「誤用」と言える根拠が揃っているんだよ。

  • 本来の使われ方(アニメーション制作の用語)から大きく逸脱している
  • 拡大のきっかけが固有名詞という意味的に不透明な文脈だった
  • 拡大の過程で意味の検証がまったく行われなかった
  • 結果として「映像」「ビデオ」「アニメーション」との境界が曖昧になった

記述言語学の立場からは「多数の話者の使用によって意味が変化した以上、誤用ではなく意味拡大(semantic
broadening)だ」という反論もある〔注12〕。「ら抜き言葉」と同様の問題で、正用と誤用の境界線上にある、とも言える。
もちろん、ら抜きも嫌い。 見れる、聞けれる、考えれる、読めれる…
読めるだろぉぅ!

いずれにしても、無自覚に起きた、ということだな。
「無自覚」こそが、問題の核心なんだよ、きっと、多分、おそらく。


英語・ドイツ語に直せるか

冒頭の「困る」に戻る。

そもそも、現代日本の「動画」は、英語のどの単語にも正確に対応しない、と、思う。

  • animation ではない(本来の意味から逸脱した)
  • video
    ではない(字義に「動く」という要素を含まない〔注1〕)
  • movie ではない(指示対象が異なる)
  • clip でも footage でもない

ドイツ語でも同様だ。Bewegtbild(動く画)は字義としては最も近いが、日常語ではない〔注5〕。Video
が使われるが、英語の video と同様に字義的な一致はない。

つまり現代の「動画」は、animation から出発し、video でも movie でも Das Bewegtbild でもない、曖昧な領域に漂流している語だ。英語にもドイツ語にも正確な対応語を持てない、宙に浮いた言葉になってしまっている。

明治時代に習って、ドイツ語から借用すればよかったのかも…
Der WasserKopf = 水頭症
Das Säugetiere = 哺乳類
Das Kraftwerk = 発電所
待て。
第二言語でドイツ語を選択したオタクくんたちは、考えなかったか?
考えないだろうなぁ…


「動画」を外国語で表現できるのか?

かつて「アニメーション」の略として日本で生まれた「アニメ」は、日本固有のスタイルを指す語として
anime のまま英語に逆輸入された〔注10〕。英語の
animation とは区別される独自概念として定着したのだ。

現代の「動画」もまた、いかなる外国語にも正確に対応しない以上、音写するほかない。

Douga である。

Douga は video でも movie でも animation でも Bewegtbild
でもない。日本のインターネット文化が、無自覚のうちに生み出した固有の概念だ。追認する気はまったくないが、客観的にそう記述するほかない。

「動画」という語への違和感は、単なる好みの問題ではない。
本来アニメーション制作の文脈で使われていた語が、固有名詞を経由して無自覚に意味を拡大し、指示対象が際限なく広がってしまった。
オタクくんたちよ、言葉に敏感ななれよ、もっと。
言葉にこだわることもオタクだと思うのは、わたしだけか?

言語的な漂流へのささやかな異議申し立て、のつもり…


〔注1〕 video の語源:Merriam-Webster Dictionary, s.v. “video,”
https://www.merriam-webster.com/dictionary/video(2026年5月17日参照)。ラテン語
vidēre「見る」に由来する。

〔注2〕 video の初出年:Harper, Douglas. “Etymology of video.”
Online Etymology Dictionary,
https://www.etymonline.com/word/video-(2026年5月17日参照)。英語としての初出は1935年(形容詞としては1934年)。

〔注3〕 animation の語源:Harper, Douglas. “Etymology of animation.”
Online Etymology Dictionary,
https://www.etymonline.com/word/animation(2026年5月17日参照)。ラテン語
animātiō(「生命を与える行為」)←animāre(「生命を与える」)←anima(「生命・息・魂」)。

〔注4〕 animation の映像転用:Harper, Douglas. “Etymology of
animation.” Online Etymology
Dictionary
(注3に同じ)。映像への転用は1912年ごろ。

〔注5〕 Bewegtbild:Reverso Context
日独辞書「映像」https://context.reverso.net/翻訳/日本語-ドイツ語/映像(2026年5月17日参照)。「映像」のドイツ語訳として
Bewegtbild
が示されている。一般的な日常語としては定着していない。

〔注6〕
アニメ制作用語としての「動画」:津堅信之『日本アニメ史——手塚治虫、宮崎駿、庵野秀明、新海誠らの100年』中公新書、2022年、ISBN
9784121026941。

〔注7〕
政岡憲三の業績・「動画」の使用:萩原由加里『政岡憲三とその時代——「日本アニメーションの父」の戦前と戦後』青弓社、2015年。日本アニメーション学会論文・書籍データベース(http://database.jsas.net/mapping/items/bk0012015572/)参照。

〔注8〕 日本初のトーキーアニメーション:津堅信之、前掲書〔注6〕。

〔注9〕
「アニメーションの訳語として動画を使ったわけではない」:西村智弘(2020)。詳細は津堅信之、前掲書〔注6〕の注記を参照。

〔注10〕 「アニメ」の英語への逆輸入:Harper, Douglas. “Etymology of
anime.” Online Etymology Dictionary,
https://www.etymonline.com/word/anime(2026年5月17日参照)。英語
anime の初出は1985年ごろとされる。

〔注11〕
ニコニコ動画のサービス開始:ニコニコ動画(https://www.nicovideo.jp/)は2006年12月にサービスを開始した。

〔注12〕 semantic broadening(意味の拡大):Trask, R.L.
Historical Linguistics. Arnold, 1996.
意味変化の類型として、特定の意味から広い意味へと拡大する現象を指す。


文献リスト

  • Harper, Douglas. “Etymology of animate.” Online Etymology
    Dictionary
    . https://www.etymonline.com/word/animate
  • Harper, Douglas. “Etymology of animation.” Online Etymology
    Dictionary
    . https://www.etymonline.com/word/animation
  • Harper, Douglas. “Etymology of anime.” Online Etymology
    Dictionary
    . https://www.etymonline.com/word/anime
  • Harper, Douglas. “Etymology of video.” Online Etymology
    Dictionary
    . https://www.etymonline.com/word/video-
  • Merriam-Webster. “video.” Merriam-Webster.com Dictionary.
    https://www.merriam-webster.com/dictionary/video
  • Trask, R.L. Historical Linguistics. Arnold, 1996.
  • 萩原由加里『政岡憲三とその時代——「日本アニメーションの父」の戦前と戦後』青弓社、2015年.
  • 津堅信之『日本アニメ史——手塚治虫、宮崎駿、庵野秀明、新海誠らの100年』中公新書、2022年.
  • 西村智弘(2020)(津堅信之、前掲書注記より引用).
  • Reverso Context
    日独辞書「映像」https://context.reverso.net/翻訳/日本語-ドイツ語/映像