From: Makoto Kinosita <kinosita@rengeso.edu.kyushu-u.ac.jp>
Date: Wed, 6 Jan 99 18:55:30 PST
問2
(1)共感できる解答として「値段が高いほどいいものである。」(溝口祐輔(
sc197204@cse.ec.kyushu-u.ac.jp))と「国産品が優れている。」があげられる。私は
二輪車で旅行するのが趣味である。国産車、外国製、逆輸入車と多くの車種に乗り
継いで上記の考え方が必ずしも正しいとは言えないことに気がついた。車種にもよ
るのだが、外国製の製品は値段が高く故障し易く維持費がかかると考えていた。が
、日本製の車種は故障したら部品の修理が出来ず、故障したユニット丸ごと交換し
なければならないことが多かった(特に点火系のコンピューター)。私の持つ土着
の知識では、電装系は日本製がとても優れていて、エンジンの耐久性も外国製より
も優れているというあやふやな程度であった。しかし、支払った修理代を考えたと
きその額に大きな差はなかった。さらに、日本製の二輪車は走行距離が大きくなる
につれて性能の低下が著しく体感されて、3万kmも走行したらオーバーホールの
必要性を感じるほどであった。しかし、外国製の二輪車は4万km走行しても性能
の低下を感じることはなかった。値段が高く最新型と呼ばれる日本製の車種も購入
したが、値段の割に故障が絶えず、すぐに売却してしまった。趣味性の強いと言わ
れる二輪車においては、乗り味という個人差の大きな要因もその購入動機に含まれ
る。低価格で購入できる日本製の車種がすべてにおいて劣っているわけでもなく、
すべてにおいて優れているわけでもないことを考えさせられた。
共感できる他の解答として「具体的に、どのように体験させるべきか。」(松本
洋幸(matumoto@scs.kyushu-u.ac.jp)があげられる。私が興味を持つ自然体験という
課題において、間違った知識を与える可能性を考えてみる。現在各地に作られてい
る自然公園で自然観察をおこなったとする。山を切り崩し、そこに自生していない
植物を植え、石段を作り、コンクリートの歩道を作り、コンクリートとタイルでで
きた川で、児童生徒に自然を語ることが可能であろうか?芋堀において、種芋から
育てることを経験しないままで、収穫の喜びや芋について理解することができるで
あろうか?経験の質(本質)についても考える必要があると思う。
違和感を感じた解答としては「世間から認められた人にプレゼンテーションして
もらう。」(山口広訓(sc197207@cse.ec.kyushu-u.ac.jp))があげられる。世間に認
められた人とは具体的にどのような人なのか?博士号を持つ人か?大学の教員なの
か?学会の著名人なのか?マスコミが認めた人か?そのコミュニティ(社会)で一
定の評価を受けた人のことであろうが、良く判らない。また、「広い目をもって説
明する。」(堀譲一(sc197200@cse.ec.kyushu-u.ac.jp))というプレゼンテーション
の方法とは具体的にどのような方法なのだろうか?ついつい研究発表の場面を想像
してしまうのだが、細分化され専門の分化した場所(現在の科学研究の問題点かも
しれない。)で、広い目を持つことはかなり困難であり、自分が広い目を持ってい
ても相手が同調してくれるとは限らないのではないだろうか。
違和感を感じた他の解答としては「特にちょっとした知識 が確固たる物になりや
すい時期である、幼・青年期に携わる教師として、これは肝に命じておかねばなら
ない。」(Yamada Ayako(s071514@fueipc.fukuoka-edu.ac.jp)) という意見である。教
師としての立場からは責任感あふれる素晴らしい意見と言えるかもしれないが、今
の自分を考えた時、土着の知識を形成している自分に学校や教師と呼ばれる人が現
在どのような責任を持っているのか疑問に思う。そう考えたとき、教師がおこなう
教育が、生徒や児童の人生にたいしてどこまで責任が及ぶのかという命題にも土着
の知識やイメージが働いていると考えられる。
(2)反論や疑問を持つ人の意見を期待します。
kinosita.1.html ( Date: Tue, 22 Dec 98 17:37:18 PST )