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回答者:02-2046 波津久 明子
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提出日時:2002.1.8
15:46:03
問1 904の回答の、ふわふわやチクチクの感覚で危険や度を判断すると言うのがいいと思いました。たいていの人は触覚の不快・快感は同じだと思うので。
問2 前に書いていたものは、大胆なアイデアはないから身近なところで視覚障害者の方々が過ごしやすくなるようわたしたちが努力すればいいのではないか、といった感じのものでした。でも、やはりあえて大胆なことを考えるならば、SF映画にあるような、テレパシーで何もかもわかってしまう装置を使うことだと思います。
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回答者:02-3001 安部 一寿
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提出日時:2002.1.8
11:19:37
問1 前回書いたようにVRの世界はまだまだ初めてそれらを味わう人にとっては、わけのわからない代物であり現実性が薄いと思われるから、現実化の有無は別にしての「視覚障害者にあるといい情報(VR)」ということについての意見が多かったのでそれらを参照したところ回答番号893の<VRの絵本・図鑑>というのがおもしろく、あったらいいなぁと思った。
問2 問1の続きになるが、以前テレビで視覚障害者に色を教えてくれる小型ハンディタイプの機会が開発されたと報道していた。それは存在するものにセンサー部分を押し当てることで色を識別するようなものであったが、実際に視覚障害者の人は利用してみてとても楽しそうだった。自分のペット(犬)の毛の色や住んでいる家の壁の色をはじめて知って感激していた。今思えばこれは視覚障害者にとってあるとうれしいだろうと思われる情報だし、彼らの頭の中ではバーチャルでもある。その機会が「少し青みがかかった白」と教えてくれても実際の色と、彼らの頭の中の色は多少は異なるからである。このようななくても困らないかもしれないけれど、あったらうれしいような情報が視覚障害者にはなくてはならないと思った。
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回答者:02-3005 岡本 裕志
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提出日時:2002.1.7
18:45:12
問1.前回の課題では、安部君の意見に賛同できるものが
あって、なにかの製品をつくるとして、障害者の部門とい
うのをメーカーが設けることで、つねに一つの製品に対して
障害者からの視点での商品としても扱われるようになるし、
それを普通に考えれるようになったら、その商品としての物の見方も
いろいろわかって、もっと一つ一つの一長一短もわかってきて
健常者にも障害者にもいいものができあがり、企業としても
消費者としてもお互い得をすることができると考えます。
という意味で障害者と健常者の心のバリアフリーを実現するというなら
メーカーなど企業の障害者部門というのはぜひとも必要と思います。
問2、問1に続いて、メーカー等の障害者部門というのは、
そういう障害者という視点からの視点でも扱える製品を作っていくことで、
それができたら、また、それに近づけば近づくほど障害者の潜在能力というのが
ますますプラスに作用して、本当の意味での公平な情報化社会
ができてくるのではないかと思いました。
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回答者:02-3008 徳永 晃司
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提出日時:2002.1.8
13:28:51
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問1・私は904番と879番の回答がいいなあと思いました。脳波に送るそうちや絵画などの作品を立体映像にして情報を得ることができるようにするというのがいいなと思いました。
問2・上の答えに連動して脳とコンピューターをつなげ自分の考えていることや見ているものをコンピュータでそのまま伝えたり情報を代わりに得てくれるようになればいいなと思う。
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回答者:02-3011 宮下 人勢
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提出日時:2002.1.8
14:06:04
問1
私たちは目で物を見ているように錯覚しがちであるが、最終的に判断を下すのは脳であるから直接脳に脳波として情報を送り込むことができれば、私たち健常者により近い形で物事を把握することができると思った。
問2
しかしながら、私たちが目で見ているもの、例えば赤いリンゴ。誰が見ても赤だというであろうが、実際それは本当に赤なのだろうか?はたまたリンゴなのだろうか?という疑問を持った経験はないだろうか。人に個性があるように識別の仕方にも人それぞれ個人差があったりはしないのだろうか。一言に赤といっても実はみんな違う色に見えていてそれをそれぞれ赤として認識していたとしたら?つまり、隣にいる人は私が緑だと思っているものを赤として脳が感知していたとしたら??結果的にはみんなが赤という代名詞で答えているにせよ一億人いたら一億通りの赤が存在していて私の見ている赤は実はあなたにとって緑なのかもしれないが、あなたの脳はそれが赤だと認知する。この世に実は何一つ共通するものはなく、すべて個人の脳が支配するバーチャルの世界だとしたら、、、、実はあなたの隣にいる私は存在していなかったり、この世界を操っている者がら見ればあなたと私は同じ顔をしていたら????デジャブ(既視感)は私たちを操っている脳が起こしたトラブルだったとしたら????こんな話どこかで聞いたことありませんか????その人の受け取り方によって世界観はいくらでも変わる。そんな複雑な機能を持った脳に直接脳波を送る、、、、、これはトラブルがあったときにその人の脳の中に入っていける人間なぞ存在しません、少なくとも現代科学では、、、。しかしながら近い将来それが可能な世界がきっと来るのでしょうね。そんな世界が見たい方はバニラ・スカイを劇場で、お金のない方はオープン・ユア・アイズをビデオでご覧ください。決して映画会社の回し者ではございません。話がそれてしまいましたが
、それだけ脳を操るというのは大変なことであり、逆にそれに支配されることなく解明に取り組むのが先であり、そして初めて私たちが漠然とした理想であるバーチャルの世界が完成するのではないかと思います。
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回答者:02-3013 吉田 武
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提出日時:2002.1.8
13:12:15
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問1
「脳と機械を直接繋いで情報を送る」という意見には、
やはりそれがベターだろうと思わされる。
例えば全盲の場合。現在の技術で、機械が周囲の地形などを読み取ることは十分可能である。ところが問題なのは、
それを本人に伝える手段が限られるということだ。
例えば全聾の場合。現在の技術で、機械が周囲の音を
読み取ることは十分に可能である。やはり問題なのは、
それを本人に伝える手段ということになる。
健常者が目で見ている情報を耳から伝えられても
同じ光景が思い浮かぶわけではないし、
健常者が耳で聞いている情報を文字で説明されても
同じ音声を思い描けるわけではない。
機械を補助として使う場合は、情報を人間に伝える
手段が重要だと思う。
問2
1を踏まえると、最終的には脳に書き込みとか
脳から読み出しとかできればよい、というところに
行き着いてしまうが、あと十年はかかるだろう。
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回答者:02-3019 江頭 麻衣子
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提出日時:2002.1.8
15:24:48
問一、前回の904の回答で、我々は実際に3Dがどういうものであるか、わかっているために、想像がつくことができるが、視覚障害者はそれが、どういうものであるかも見当がつかないというところに共感できました。
問二、前回も述べたように、私は視覚障害者に開かれた情報化社会にするには、やはり映画などで見た、3Dの世界が現実のものになるのが一番よいと思う。しかし、問一の回答でもしたように、生まれつきの全盲の人には、3Dがどういうものであるかもわからないために、かえって困難になるかもしれない。改めて前の意とが変わるということはありません。むしろ、視覚障害者にとって参加可能である、情報化社会を考えるのはとても難しくていいアイディアが浮かびません。
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回答者:02-3030 角 恵美
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提出日時:2002.1.8
15:39:53
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問1 私は920の回答の、「政治家にも障害者がいなければならない。」というのを読んで、ハッとさせられた。確かに障害を持っている人たちがよりよく、より便利に生活していくためには制度などを決めている政治から変えていかなければならないと思った。障害を持った人にしかわからない気持ちや、健常者ではなかなか気づけないことなどもあるからである。根本から変えていくためにはトップの人達から変わっていかなければならないとおもった。
なんだか回答がずれてしまいました。すみません。 しかし、こうなることで、もっとスムーズにバーチャルマシーンの開発も進むだろうし、日常の生活も便利になるのではないでしょうか。
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回答者:02-3050 湯野 留美子
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提出日時:2002.1.2
21:31:55
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1. 私は891の花田さんの回答が発想が面白いと思いました。歴史を勉強したい時に、VRで触れたりできるなんて視覚障害者も健常者も心から楽しむことができるし、どちらにも教科書だけよりも濃い情報を手に入れることが出来ると思います。またこのような装置で視覚障害者も健常者も同じような経験をすることにより、いままでよりもっと視覚障害者の方々との交流が増えるのではないかと思いました。
2. 今までの回答に、実際に見たり体験できたりする視覚障害者、健常者どちらにも使用できるのVR装置の設置が、視覚障害者も参加可能な情報化社会のきっかけとなるだろうと付け加えます。
回答とはあまり関係ありませんが先日、テレビで全盲の小学生の女の子がはじめて一人で杖をつかって帰るドキュメンタリー番組があってました。健常者にとってはほんの数百メートルの距離ですが、その子は車の通る道は耳をすませ、その車の音が消えてしまうまでずーっと動けずじっとしていたり、道路の左側を見失いパニックになったりと、何時間も時間をかけてやっと家に帰り着きました。授業でいろいろと視覚障害者の身になってかんがえる事がありましたが、実際にテレビでみるとほんとに視力を失うということは大変なことだし、不自由なことが多い世のなかだと痛感しました。身近すぎて当たり前のことかもしれないけれど、歩行の邪魔になる物(自転車など)を置いたりするのはやめなければと思いました。また、早く視覚障害者も参加可能な情報化社会になれば、とおもいました。
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回答者:02-3059 児玉 忠浩
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提出日時:2002.1.8
10:56:38
問一.回答番号904の「モニターやセンサーに映った情報 を、脳波に直接送り込んで情報を得るような装置がで きるかもしれません」という意見には賛同するものが あります。直接脳波送ることができるということは、 確実に伝達事項が伝わるし、伝えるまでの時間も短縮 できるからです。
問二.視覚障害者の方と触れ合うことは大変重要であると思 います。教育においてもなかなかすぐには実現は可能 ではないのですが、総合学習等で盲・聾・養護学校な どを多く訪問し、まずはどういう状況で教育が行われ ているかを知ることからスタートすべきではないかと 考えます。
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回答者:02-3077 猿渡 由佳
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提出日時:2002.1.8
15:59:16
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問1 私は、いろいろな人の回答を読んで、なるほどと思うものがいくつかありました。その中でも、特に891番の花田さんの回答はとてもおもしろいし、あったらいいだろうなーと思いました。健常者も障害者も実際に見たり、体験したりできるVR装置があれば、障害者の人でも参加可能です。花田さんの回答にもあったように、グループでVRの旅ができたらおもしろいかもしれないなと思います。
問2 意見がかわったというわけではないですが、問1で答えたようにVR装置などがあればおもしろいと思うので、付け加えたいと思います。
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回答者:02-3082 田浦 佳代子
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提出日時:2002.1.8
15:39:14
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02-3082
田浦 佳代子
花田さんの発想は、とてもおもしろいと思いました。そのようなこともいずれは可能な時代がやって来るとも思いました。実際、そういう個室に入り、幻想の世界にひたってみたいと思わせるような内容でした。障害者たちだけでなく、障害を持たない者たちにとっても体験できるのではないかと思います。ドラえもんのどこでもドアを思い出させるようなものみたいです(微妙に異なりますが)。
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回答者:02-3090 蓮香 智子
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提出日時:2002.1.8
15:31:20
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問1 花田さんの回答の実際に見たり体験できたりするような健常者・視覚障害者併用のVR装置が広まれば、視覚障害者も参加可能という意見に共感しました。特に「視覚障害者も参加可能な情報化社会」のあるべき姿とはハリーポッターのような幻想の世界なんだろうなという意見に共感しました。分かりやすい例文も多く、なるほどなと思いました。
問2 前回の回答に人間の果てしなき夢と情報技術の高度化により、近い将来具現化されるだろうという意見を付け加え、再提出したいと思います。
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回答者:02-3106 藤原 幸代
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提出日時:2002.1.8
14:06:10
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問1 興味が沸いた回答として891番の「健常者、視聴覚者併用のVR装置の考案」があった。両者の情報の格差を埋めるために、共に利用できる装置であるという点と、なにしろ夢があるという点がすばらしいと思った。また、905番の「コンピューターの中に入り、その中で活動したものが現実の世界に反映され、その結果視覚障害者でも情報化社会に参加できる」という考え方も、新しく面白いと感じた。
問2 新たに付け加えたい意見とは、問1を踏まえ、情報の提供や受信方法を、健常者と身体障害者両者をはじめから一つの対象とみなした上での、共に利用でき、それがあたりまえだと思う認識の形成と装置の開発を望むというものである。
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回答者:02-6046 杉原 久美子
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提出日時:2002.1.8
13:20:01
問.1
920と898の回答を読んで、健常者だけでVRの世界を開発していくことこそが障害者の情報障害を大きくしてしまうことだと思いました。開発の場に障害者をアドバイザーとして招くということが情報障害を解決していく一番の方法だと思います。そうすることで健常者は開発されたものの本来の性能が、障害者にもきちんと利用されているかを知ることができるし、障害者は自分の立場から、この装置では私にとっては意味がないとか、ここはこうしてほしいという意見が伝えられると思います。
問.2
障害者が参加可能な社会のあるべき姿とは、まず第一に障害者自身が今の社会、企業はもちろん政治、学校現場などさまざまな場所で気軽に意見が述べられるような社会が必要だと思いました。研究・開発が進められても実際に使う人が使えなければ何の意味もないものなので、同じ現場に立って意見交換する、お互いを知り合うことが大切だと思いました。
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回答者:02-6047 田中 陽子
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提出日時:2002.1.7
1:04:10
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問1 私は花田信一さんのVRの旅行の発想がおもしろいと思います。ドラえもんの「どこでもドア」や「タイムマシーン」をVRの世界で実現させているようだなと思いました。なによりも、視覚障害者と健常者の両方に併用される装置であることが、視覚障害者にとって情報化社会へ自然に参加できるように思うので、共感が持てました。21世紀、科学がもっと進んでいくにつれて実現されるといいなと思います。
問2 田中真順美さんの回答を読んで、回答を付け加えたいなと思いました。視覚障害者にも絵や写真が分かるようにするために、絵や写真を立体にするだけでなく、振動や手触りの違いを付け、背景も触覚に訴えるだけでなく、臭覚や聴覚にも訴えるようにするとより分かりやすいだろうなと思いました。音声の説明に加えて、詳しく知りたいところの立体を拡大できたり、中を触ったりすることができるとよりよいと思います。
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回答者:02-7601 平尾 信晃
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提出日時:2002.1.8
15:39:09
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問1
色や形を感じたいと思うので、めがね型や帽子型のものを装着してVRで街の様子などのみたいもののソフトを入れたら頭の中に小さな世界が現れて、形が立体化してピアスぐらいの大きさのセンサーをつけて指で触れると、ものの様子が触覚とVRで伝わるようになればいい。という考えに共感した
問2
さらに、ライブの景色が楽しめるようにデジカメがVR対応できるようになればいいと思う
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回答者:03-2001 安藝 哲朗
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提出日時:2002.1.8
14:39:15
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問1.回答番号880さんのピアス型のVR装置は頑張れば実現できそうな感じがして希望が持てます。最初はゲームから始まり、それが発展して視覚障害者が日常で使えるようになる、というふうに。
ただ、バーチャルはどこまでいってもヴァーチャルなわけで、それだとやはり夢がありません。
こうなったら科学の力で「ほんとうに」目が見えるようになるシステムを構築する、というのが最終的な希望です。医療その他の技術との協力が必要です。
「視覚障害者」という表現を、科学の力を借りて無くすのです。
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回答者:03-2056 一ノ瀬 京子
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提出日時:2002.1.8
15:52:49
1.2.回答番号884の帽子のようなものを頭につけて直接取り込み、感じることができるというのはいい考えだと思った。私もドラえもんがそろそろ現れてもいい時代だと思う。もし、ドラえもんがいればどんな障害を持つ人も何らかの道具を使って満足した生活が送れるようになると思う。障害を欠点と思うのではなく、その人の個性だと思えば、すべての人が等しく生活できるようにするのが当然である。一番早い方法はドラえもんのポケットを発明することである。そんな未来が来てほしい。
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回答者:03-2078 陶山 望
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提出日時:2002.1.8
14:47:21
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問1.「各企業が障害者専門の部署をつくる」というのはいい考えだと思いました。視覚障害をもつ方々が本当に不便に思っていることや「ここまではできる!」という限界は健常者には完全にはわかりえないと思うからです。健常者が目をつぶって行動パターンを試してみても、健常者はそれまでの経験からどこに何があるとか、この先はこうなるという情報を記憶していて、視覚障害者の方にはその記憶がない。それを考えると、専門家が視覚障害者の方々と手をとりあって試行錯誤していくというのは、とても意義のあることだと思う。私のような素人には3Dの世界を脳に直接おくりこむ仕組みなんて想像しがたい。やはり「プロ」の集団が動くことが第一歩だと思う。
問2.「私たちにはカーナビなんて必要ではない」という意見を見てハッとした。多くの人が言うように、健常者にとっての今の世の中は便利すぎるくらい便利だ。そのなかには「あれば便利だけど、なくても困らないもの」が溢れかえっているだろう。健常者の利便の追求をいったん止めて、「本当になくてはならないもの」の開発を進めることが必要だと改めて思った。
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回答者:03-3005 土田 晃久
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提出日時:2002.1.8
14:59:10
問1 特にこれといってはなく、やはり脳に直接電波を送るなどができたらいいなとはおもいましたが、やはり対になる私たちの意識改革が大事だと改めて思いました。
問2 脳に電波を送ることができたらいいと思うが、それにともなう脳に与える悪影響は懸念されるので、その点はクリアにしなくてはならないが、やはりなんといっても私たちの意識改革でしょう。
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回答者:03-3007 西口 崇
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提出日時:2002.1.8
15:56:29
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問1
魔法のメガネがあると本当にいいですね。そうすれば確かに目の見えない人はいなくなるでしょう。自分の考えのところでも出しましたが、ものをフルカラーで見ることはとても難しいそうです。テレビにしても最初はモノクロで、カラーテレビが出るまでは時間がかかったという事実があります。すべてをありのままで見れる魔法のメガネがあったら言うことなしですね。
問2
特に意見が変わったということはないのですが、こういう問題の打開策として、視点を変えて考えることが大事なのではないかと思います。例えば子供のような物腰の柔らかい考え方で物事を考えてみると、意外な発見ができるかもしれません。偏った考え方ではいつか行き詰まるでしょう。
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回答者:03-3010 有田 さやか
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提出日時:2002.1.8
16:36:26
問1 919番の映画の紹介を参照しました。この中にはずっと触覚で判断してきたから光を取り戻しても余計に戸惑うことが多くなったとありました。視覚が戻りさぞかし以前より暮らしやすくなるだろうと決め付けていたのだと感じました。891番の発想は面白かったです。VRとはハリーポッターのようなもの。ほかにもドラえもんのようなユニークな発想に釘付けになりました。
問2 視覚障害者についてかんがえ、できるだけ目の不自由な人の気持ちに近づこうとしましたが、まだまだ独りよがりでしかありません。たくさんの人も思っているようだが、私たちの周りにはなかなか視覚障害者と触れ合う機会がありません。何らかの場があり、私たちがもっと視覚障害者を身近に感じることができたらワンランク上の発想がまたでてくると思います。
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回答者:03-3013 石崎 由貴
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提出日時:2002.1.8
12:06:19
佐藤美幸さんの「形が立体化してピアスぐらいの大きさのセンサーをつけた指で触れると、ものの様子が触覚とVRで伝わるようになればいいと思う。それに触ると音声で色や部分の説明が流れ出すとよりイメージがわきやすいだろう。また、テレビやコンピューターなどもリモコンひとつで画面が立体化して、ものや点字に触ることができるといいと思う。」と言う意見になるほど、と思いました。私は視覚障害がなくなるような方法を考えていたのですが、彼女の回答はその人の障害の程度に応じた能力を利用するものだと思ったからです。情報を正しく認識するためにはいくつかの感覚を併用しなければいけないので、触れさえすればそれが可能となるような装置が出来れば使いやすくてよいと思います。ただ、触れると言ってもそれが安全だと分からないと触れることは出来ないと思うので、危険なものがそばにある場合はセンサーなどで感じ取って警告を発し、危険を回避できるような情報を提供してくれるシステムがついていたらよいと思いました。
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回答者:03-3015 一木 朋枝
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提出日時:2002.1.8
13:29:01
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問1 898の石崎さんの、視覚障害を持つ人々も研究開発に携わることが必要不可欠だという意見は、私もその通りだと思う。うまく言えないが、私たちは視覚障害の不自由さを、中学高校などでよくアイマスク等の体験をして、「見えないと怖いな」と視覚障害者の世界が分かったつもりで終わりがちな部分も多く、前回の課題のように視覚障害者にとって参加可能な情報社会のあるべき姿について考えるとき、やはり「こんなものが
あったらいいのでは」と想像になってしまうし、実際視覚障害者がどんなものを求めているかは分からない。だから、前回の授業で長谷川さんの考えを知ることができたのはとても良いことだったし、視覚があってものを見るからこそ触感が分かる「これはこんな感じだ」と思えるということは、自分の気づかなかったところであった。情報がありふれる今、コンピュータも急速に発達している今、そしてこれからも視覚障害者が積極的に
意見を言い、それを健常者の研究者たちが受けとめ研究開発につなげていくことは大切だと思う。
問2 884の江頭さんの「脳に映像を訴えかけるバーチャルマシーン」という回答は、初め私が考えた回答と似ていた。私は、メガネや帽子で、例えば書店に行って手に取った本のデータをそのメガネや帽子に組み込まれた機械が読み取り、脳に映像や文字を送り込んでくれるというものを考えた。私も江頭さんと同じで、「私たちが夢を見るように」脳に映像を映し出せばと思った。以前先生が、視覚障害者の頭の中に機械を入れてめ
がねをかけると目が見えるように目の前の世界が見えるというお話をされていたが、私は一年前くらいに何かのテレビ番組でそれを見たことがあった。その番組では、アメリカで視覚障害者がそのメガネをかけて前から飛んでくるボールをキャッチするところが映っていた。また、メガネから見た視界はどうなっているのかも見ることができた。それは、見えるとはいってもものの動きが滑らかでない映像であり、たしか視界画面の中に中
心線のような線が引かれてあったと思う。色も私たちが見る視界の色鮮やかさはなく、緑色っぽい一色しかなかったと思う。その番組を見たときはただただ脳に機械を埋め込むということにびっくりした。今、自分が実際に視覚障害者にとって情報を得るどのようなものがあったらいいか考えると、難しくてなかなか回答が浮かばない。
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回答者:03-3031 佐藤 美幸
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提出日時:2002.1.8
15:55:28
問1 私は897番のカメラと脳をつないで直接映像を送り込むというのがいいなと思いました。視覚がないのなら、脳の機能を最大限に利用して、視覚と同じ働きをもてるように開発を進めて、カラーで動画を脳に映し出せたらいいと思いました。また893番のVRの絵本や歩道も面白いです。歩道に音声の案内をつけたら、道に迷うことなく目的地につけるし、周りの様子も伝わりやすそうです。
問2 問1をふまえると、脳にカメラの映像を送れるピアスくらいの音声付コンピューターができたら、視覚障害者も視覚をもって生活できると思う。
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回答者:03-3077 赤司 麻美子
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提出日時:2002.1.8
15:56:21
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問1.02−3019の江頭 麻衣子さんの回答に共感を得ました。夢を見るような具合に映像を取り組むことができたら、実際に見ているのと変わらない。
問2.江頭さんの回答を見て、私の理想上の情報化社会が出来上がりました。まずは、超小型のカメラを頭に取り付け、そのカメラが見たものを何らかの信号により(科学者に考えてもらう)本人の頭の中に入り、映像として映し出す。これで、視覚障害者はものを見ることができる。
世界中には、複数の言葉がありみんな言葉が通じるように必死に努力している。視覚障害者や、聴覚障害者も伝える手段が違うだけで、言葉を理解しようとするのと同じように、彼らとの、コミュニケーションの仕方も真剣に考えるべきだ。
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回答者:03-3086 兎洞 摩衣子
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提出日時:2002.1.8
10:38:07
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891花田さんの回答は具体的で分かりやすかったし、面白いと思った。現実の世界では触れることが不可能なものに触れたり、遠くまで出向かなくても色々な事を体験できるというのは、とても便利だと思った。ただし、VRの実験であった健常者は画面をみながら触れるから触覚の意味がわかるという事は忘れてはならないと思う。恐竜に触れることはとても魅力的だが、恐竜に触ったことのない人に視覚以外の情報だけで恐竜というものを認識させるというのは難しいし、工夫が必要だろうと思った。
見える私達からは、視覚障害者の方々の不自由さがなかなか見えてこない。898石崎さんの「障害のない人ばかりで研究を進めるのではなく、視覚障害者が研究開発に携わり、積極的に自分たちの求めるもの、必要とするものを世の中に訴えていくべき」という意見にも共感できた。
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回答者:03-3095 黒木 千草
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提出日時:2002.1.8
15:57:41
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私は目で見るのではなく、頭や脳に直接映像を訴えかける
ような視覚障害者用のバーチャルマシーンという発想になるほどと思いました。確かにそのような機械がどのような構造でできるか私には検討もつきませんが、視覚障害者も
同じように映像で夢を見るのであれば、夢が唯一の映像の世界になるわけで、脳で映像を映し出す発想はすばらしいと思いました。また、政治の世界にも障害をもつ人々を採用し、そのような省を取り入れ、積極的にバリアフリーを
進めていくべきだと思います。
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回答者:03-3114 中村 祥子
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提出日時:2001.12.26
17:08:28
堀田さんの回答の中に「視覚障害者も参加可能な情報化社会のあるべき姿とは、視覚障害者が触覚、力覚、平衡覚、嗅覚、立体音場感覚などで情報を受け止めることができるということだと思う。カーナビのように、視覚障害者の頭の中に風景が思い浮かび、音声で案内してくれるコンピュータや、視覚障害者用の自家用車、などがあればいいなと思う。」とあった。「視覚障害者も参加可能な情報化社会」の捉え方に共感できたし、視覚障害者用の自家用車という発想が面白いなと思った。車はどうしても視覚に頼る部分が大きいので、なかなか考えとして出にくいが、どんどん発展していく科学の力を駆使すれば、決して不可能ではないと思う。最近では、前車にぶつからないように一定の距離を置いて停車するように設定された車(衛星で管理されているのかな?)もあるらしく、目的地さえ設定すれば、後は運転しなくても勝手に目的地へ行ってくれるようになると聞いたことがある。
どうしても視覚障害者の方の目が見えるようになることを「視覚障害者も参加可能な情報化社会」への一つの手段として考えがちだ。しかし私は、全ての人が自分の持ちうる限りの感覚や能力をうまく活用して、自分にあった形で情報を入手し、社会生活を送っていくことが、障害の有無に関わらず、みんなが参加可能な情報化社会ではないかと思う。
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回答者:03-3124 堀田 舞
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提出日時:2002.1.7
18:00:53
問1 890石坂さんの、すべてをコンピュータで3次元の世界を作り出し、例えばピンク色なら、温かみを感じるように赤外線センサーがはたらいて尚且つ立体的にも表現するというのはいいと思いました。視覚障害者にとって、色が分かるということは、少しでも見えるということに近づいているということだし、それを立体的にも捉えることができるなら、視覚障害者にとってはかなりの手助けになると思います。
また、視覚障害者も参加可能な情報化社会にするためには、920安部さんの意見のように、政治家にも障害者がいるべきなのだろうなと感じました。
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回答者:03-4098 山口 幸子
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提出日時:2002.1.7
13:24:35
問1 「視覚障害者が参加可能な社会」の考え方(思想)に関する意見が多い中で、花田さんの回答は具体的な例を挙げられていておもしろかったです。ただ、「実際に見たり体験できたりするような健常者・視覚障害者併用装置が広まれば、視覚障害者も参加可能であり…」とありますが、「実際に」視覚障害をもつ人は戦いに参戦することやピラニアを釣ることはできず、やれることは限られてしまうのではないでしょうか(あくまでも仮想とするのなら、その行動をしている自分をイメージとして頭に取り込むことはできるかもしれませんが)。この装置を使うときには、五感を伴うことができる(アクセサリーや帽子など自分の好きな形をした)小型機械をつけていればさらに有効的でいいと思いました。
問2 蓮香さんの回答を見て、医療技術の進歩などによって実際に視覚を取り戻したとしても、それがそのまま障害のない生活とは結びつかないことに初めて気づきました。五感を整えることができればすぐに健常者と同義であると思っていたからです。このことは、バーチャル実験において、設置者側には満足のいく装置であっても長谷川さんにとっては不自由を感じるものだったという実例にもつながります。健常者のもつ誤解が視覚障害者の社会参加を遅らせている大きな要因であることを、強く認識しました。
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回答者:03-5058 大舘 沙織
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提出日時:2002.1.7
22:31:57
問1 まず、891の花田さんの回答を読んで、思わず身を乗り出してしまいました。これは私もぜひ使ってみたいです。視覚障害者はもちろん、私たちも行かずして行ったと同様のVRが体験できるなんてすごいです。早く完成して世に出回って欲しいです。
あと、900の野口さんの回答も視覚障害である分、他の人より優れているであろう聴覚・触覚(みながみなそうではないでしょうが)を武器としていて、とてもおもしろいコートだと思いました。これはそう遠くないいつの日か、実現可能になりそうな気がします。
問2 やはり、今の情報化時代、視覚障害者と健常者の間にある大きな違いは情報を取り入れられる量だとおもいます。私たちが生活していく上で、一番大きな情報源は目から得る情報だと考えます。そうなると、本当は見えない目が見えるようになるにこしたことはないですが、それが無理ならVR体験などがやはり有効だと思います。本来なら得ることのできない情報を、どんな形からであれ得ることができるようになることが大事だと強く感じました。そのためには、視覚障害の方と健常者がその実現の為に、共に努力し、協力していくことが必要です。人事ではなく、自分達も身近な問題だと捉えなければならないと思います。今は目から情報を得ることのできる私たちもいつ、目が見えなくなるかわからないのですから。
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回答者:03-5058 大舘 沙織
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提出日時:2002.1.7
22:32:25
問1 まず、891の花田さんの回答を読んで、思わず身を乗り出してしまいました。これは私もぜひ使ってみたいです。視覚障害者はもちろん、私たちも行かずして行ったと同様のVRが体験できるなんてすごいです。早く完成して世に出回って欲しいです。
あと、900の野口さんの回答も視覚障害である分、他の人より優れているであろう聴覚・触覚(みながみなそうではないでしょうが)を武器としていて、とてもおもしろいコートだと思いました。これはそう遠くないいつの日か、実現可能になりそうな気がします。
問2 やはり、今の情報化時代、視覚障害者と健常者の間にある大きな違いは情報を取り入れられる量だとおもいます。私たちが生活していく上で、一番大きな情報源は目から得る情報だと考えます。そうなると、本当は見えない目が見えるようになるにこしたことはないですが、それが無理ならVR体験などがやはり有効だと思います。本来なら得ることのできない情報を、どんな形からであれ得ることができるようになることが大事だと強く感じました。そのためには、視覚障害の方と健常者がその実現の為に、共に努力し、協力していくことが必要です。人事ではなく、自分達も身近な問題だと捉えなければならないと思います。今は目から情報を得ることのできる私たちもいつ、目が見えなくなるかわからないのですから。
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回答者:03-5058 大舘 沙織
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提出日時:2002.1.7
22:32:58
問1 まず、891の花田さんの回答を読んで、思わず身を乗り出してしまいました。これは私もぜひ使ってみたいです。視覚障害者はもちろん、私たちも行かずして行ったと同様のVRが体験できるなんてすごいです。早く完成して世に出回って欲しいです。
あと、900の野口さんの回答も視覚障害である分、他の人より優れているであろう聴覚・触覚(みながみなそうではないでしょうが)を武器としていて、とてもおもしろいコートだと思いました。これはそう遠くないいつの日か、実現可能になりそうな気がします。
問2 やはり、今の情報化時代、視覚障害者と健常者の間にある大きな違いは情報を取り入れられる量だとおもいます。私たちが生活していく上で、一番大きな情報源は目から得る情報だと考えます。そうなると、本当は見えない目が見えるようになるにこしたことはないですが、それが無理ならVR体験などがやはり有効だと思います。本来なら得ることのできない情報を、どんな形からであれ得ることができるようになることが大事だと強く感じました。そのためには、視覚障害の方と健常者がその実現の為に、共に努力し、協力していくことが必要です。人事ではなく、自分達も身近な問題だと捉えなければならないと思います。今は目から情報を得ることのできる私たちもいつ、目が見えなくなるかわからないのですから。
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回答者:03-5058 大舘 沙織
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提出日時:2002.1.7
22:33:00
問1 まず、891の花田さんの回答を読んで、思わず身を乗り出してしまいました。これは私もぜひ使ってみたいです。視覚障害者はもちろん、私たちも行かずして行ったと同様のVRが体験できるなんてすごいです。早く完成して世に出回って欲しいです。
あと、900の野口さんの回答も視覚障害である分、他の人より優れているであろう聴覚・触覚(みながみなそうではないでしょうが)を武器としていて、とてもおもしろいコートだと思いました。これはそう遠くないいつの日か、実現可能になりそうな気がします。
問2 やはり、今の情報化時代、視覚障害者と健常者の間にある大きな違いは情報を取り入れられる量だとおもいます。私たちが生活していく上で、一番大きな情報源は目から得る情報だと考えます。そうなると、本当は見えない目が見えるようになるにこしたことはないですが、それが無理ならVR体験などがやはり有効だと思います。本来なら得ることのできない情報を、どんな形からであれ得ることができるようになることが大事だと強く感じました。そのためには、視覚障害の方と健常者がその実現の為に、共に努力し、協力していくことが必要です。人事ではなく、自分達も身近な問題だと捉えなければならないと思います。今は目から情報を得ることのできる私たちもいつ、目が見えなくなるかわからないのですから。
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回答者:03-8092 久富 博幸
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提出日時:2002.1.8
15:59:55
回答番号891の花田さんの回答は具体的に視覚障害者が情報入手できる姿を提示しているのでなるほどと感心しました。
健常者でも体験できないようなことまで可能になるし、実際に体験するよりも費用が安くすむし(開発費用は莫大にかかるかもしれませんが)、短期間で楽しめるという点にも驚きました。
VRの世界だから実際よりも感動はうすいなどの欠点はあるものの、健常者と視覚障害者の情報格差は現状よりもぐっと縮まるはずです。VRで生活の大部分を体験できるようになれば、障害者の方々がいろいろなことをやるきっかけにもなり得るでしょう。
VRでの体験はやはり健常者と比較すると限られたものであるし、視覚障害者の方々は自分の目で物を見てみたいと考えるのではないかと思われます。よって、脳に直接眼前の風景を送って視覚的に捉える方がよいのではないでしょうか。
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回答者:03-8521 松崎 一子
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提出日時:2002.1.8
15:46:14
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問1
880の提案していた、眼鏡型、帽子型のもので、VRを体現できるものがあればとてもよいと思います。身につけるものなので、移動もできるし、実用性が高いでしょう。目に直接入れるのはすごく画期的ですが、コンタクトレンズでも異物感があるので、難しいのではと感じました。でも、もし実現できたら、障害を苦しまなくてよい世界になれそうですね。
問2
私の解答はすごく観念的だったので、そういった、問題の解決(情報のバリアフリーなど)と科学の発展で理想的な社会になっていくのでは、と思います。
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回答者:03-8524 弓岡 千紋
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提出日時:2002.1.8
13:46:47
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02-3106藤原幸代さんの意見を読んでいい考えだと思いました。私は前回回答したときより立体的に視覚障害者に触れたり、感触として感じることができたりするような情報提供の手段ができたら格差のない情報化社会に近づくのではないかというような漠然とした考えしか浮かばなかったが、藤原さんの意見はテレビや映画、ラジオなども頭の中で映像となるというような情報化社会ができたらいいという意見で具体的な一歩進んだ意見だと思いました。テレビや映画、ラジオなども情報を得るには大きな存在で、これらのものすべてが立体的に視覚障害者に形として伝えられるようになれば彼らの世界は何倍にも広がると思います。
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