集計日時:2001年 6月 4日 (月) 22:18
教育工学・視聴覚教育
第6回目の課題(ek6) …回答総数:35
九州大学 久米 弘
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自分がもっている信念体系というものは、案外いいかげんなものである。過去の経験から勝手にルールを作り、それを信じ、人から指摘されても断固として自分の意見を変えたりしない。成長すればするほどみられる状況である。これは以前に学んだつみかさね型ストラテジ―がうまくいっていないためであると考えられる。ある課題を解決するためには別の前提課題を解決しているべきだというものである。種の問題にしても、教育の段階での課題のつみかさねがうまくいっていなかったと思う。だからこそ、大学生における調査で全体的に同じ傾向がでるのだあろう。よってつみかさね型ストラテジーをやはり基本とすべきではないかと思った。ドヒャ―型は自分の信念体系を確立してしまっている大学生などにおこなってこそ衝撃が強いと思う。そうすれば正しいことを知ったからといって「やる気のなさ」が生まれにくくなるのではないかと思った。 |
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この調査の知識自体は小学校や中学校で学んだものであるはずだったのに、自分が思っていた以上に間違えていたのでショックだった。特に驚いたのがチューリップの球根についてや、結婚に関する(入籍の)ことであった。調べていけばこんな間違えはたくさんあると思うので、もう一度自分の知識を洗いなおしてみたいと思った。 |
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他の受講生の感想を読んで、なるほどと思ったところがたくさんあった。また、自分なりに新たな感想も出てきたので、再提出しようと思う。 |
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実際にこの調査を体験してみて、自分の意識がいかにいままでの体験や固定観念によってできあがっているかがわかった。様々な物事に対して、一面的な見方ばかりが先行しがちになり、それによって自分の考えや行動が決まってしまうことが多い。また、「こんなことあたりまえ」って思うことが、実は思っていたのとちがうということが、この世の中にいかにたくさんあるということを再確認した。1つの物事に対して、いろいろな視点から見ていく必要があることを痛感した。また、これから先いろいろな部分に目を向けて、自分の持つ世界をより広くしていきたいと思った。 |
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質問の答えを聞いて確かに“ドヒャー”と思った。そして解説を聞いて、なるほどと思う事もあった。「不一致」課題を先行させるには、学習者の中に誤ルールがあることが前提であることが分かり、誤ルールがあるからこそ驚きも大きいのだと思った。そして自分の中にある誤ルールは今までの経験などが影響している事を強く感じた。また、これまで受けてきた授業の中にもこの方法が使われていたように思う。 |
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自分が思っているよりも遙かに、土着の知識と信念体系はあるものだなと思いました。謝った知識に対し、正しい知識で驚かせるドヒャー型は確かに有効だと身をもって体験しましたが、逆に言うとこれが有効なのはむしろ子供よりもある程度成長した人間なのではとも思いました。子供には無効だというわけではありませんが、ある程度の土着の知識を持った人間の方が、よりショックを受けやすいだろうと思うからです。又、こちらが意図した方向とは別の方にショックを受ける危険性があるのではなかろうかとも感じました。そう言う意味でもドヒャー型ばかりでは、授業を組み立てることは出来ないなと思いました。 |
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私は、土着の知識、信念体系に関する調査において「不一致」課題を先行させることはあまり賛成できません。使い方(私の中では量や相手)を間違えると逆効果になるからです。確かに人によっては、くみかえによって驚き、劇的な変化をもたらすと思うのですが、私自身は前回の授業において劇的な変化はなく、劣等感と変な不快感を残しただけでした。身勝手な意見になるのですが、もし私が小学生だったらこのことを純粋に受け入れられたと思います。しかし今、大学生になって自分の考えを引き出させられた上から無理やり新しい考えを押し付けられるという事はあまり心地のよいものではないと思います。 |
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知らなかったことを聞いて、「そういうことだったのか!」という驚きは、大人子どもにかかわらずあるものである。だから、講義の内容を聞いて、「ドヒャー型」はすっきり理解できた。 |
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「大学生の土着の知識・信念体系に関する調査」を体験して、人間のイメージというのはすごいと思った。ヒマワリの話や体重の話しなど、よく考えれば分かりそうなものを間違っている人が多かった。 |
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前回は「大学生の土着の知識・信念体系に関する調査」に対する感想しか述べていなかったので、ドヒャー型ストラテジーについて考えてみたいと思う。 |
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「大学生の土着の知識・信念体系に関する調査」を体験してみて、今までの経験により思い込んでいることが意外に多いことに気づかされた。 |
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他の受講生の回答を読んで |
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これまで学校教育で私たちが受けてきた授業を振り返ってみると、ドヒャー型は多く使われていたということがわかります。そして、思い返してみると、確かにだらだらとした講義のような授業よりも、ドヒャー型の授業のほうがはるかに面白くやる気も出たし、頭にも残っています。どのような授業にも、長所、短所はあるものですし、今までもこれだけ使われてきている手法なのだから、やはりそれなりに学習効果はあるのではないでしょうか。同じ先生が、いつもいつもドヒャー型の授業をしていれば、子供も最初から疑ってかかるようになるかもしれませんが、それでも「答えはこれか?あれか?」と迷って出す答えは、記憶に残りやすし、間違ったら間違ったで、理由を追求したくなるだろうから、単にだらだらの講義よりはいいと思います。 |
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解説で言われていた仮説実験授業は理科の講義で体験したことがあるのですが、知っているようで知らなかったことがたくさんありました。はじめのうちは、そうだったのかという感動が得られていたのですが、何回も回を重ねていくうちに、使用上の注意でも言われたように、どうせ次も間違えるのではないかという気持ちになっていきました。教育場面でくみかえ型ストラテジーがよく用いられるようですが、マンネリ化すると、マイナス方向へと導くことになると思いました。 |
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「仮説実験授業」に代表されるドヒャー型ストラテジーは、私達の土着の知識・信念体系をうまく利用した効果的な学習法だと思う。子どもたちにとっては、だらだらと続くだけの授業よりも毎回新たな発見ができて教科に対する興味もわくので負担も少ない。ただこれは、教師があらかじめ子どもたちの土着の知識・信念体系(間違った方の答え)と正しい知識(正しい方の答え)についてよく理解していなければ、子どもたちをうまく納得させることができずに中途半端なものになってしまうと思う。また、この方法をあまり多用すると子どもたちは「自分が考える答え」より、「正しい答え」を探そうとしてしまうのではないかと思う。先生の言われた通り、使い方に気を付けて使えばいろいろな場面で役に立つと思う。 |
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人間の思い込みというものは、恐いと思いました。なぜかというと、噂など、根拠のない事柄であるにも関わらず、信じ込んだら決して自分は間違っていないという、わけの分からない自信をもつものだからです。 |
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「ドヒャー型」ストラテジーは確かに予想外の展開による衝撃的な組換えが成立する効果的なストラテジーである。しかし、今回の講義では私は身を持ってそれを体験することは出来なかった。それは、あまり衝撃的に正解が告げられなかったからだと思う。仮説実験授業のVTRを見たことがあるが、もし、正解に対して驚きが強くなければ、自分の意見を主張した場面のほうが印象に残って、間違った記憶がはたらく恐れがあるのではないかと感じた。 |
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土着の知識・信念体系に関する調査の集計と先生の解説を聞いて、正直に大変驚いた。自分が回答した大半が誤りであり、講義でその解説を聞いてなるほどと思い、深く印象づけられた。おそらく同じ問題が次に出されても今回のことが頭にやき付いているであろうから、まちがえることはないと思う。それほどまでにインパクトのようなものが強かったのである。調査の集計の解説後、「くみかえ型ストラテジー」の説明がされ、「ドヒャー型」の効用と使用上の注意点を言われていたが、予想された誤答をうまく訂正することが一番難しいと思われる。というのは適切な説明がされないと、自分の回答が否定されたというショックばかりが残り、授業でも扱われていたようにその後の学習活動にあとをひくからである。学習者に「なるほど、実はそうだったのか」と納得させることが、この「ドヒャー型」における最も大切なところではないかと考えた。 |
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人が普通に持っている土着の知識や信念体系を壊して新たな知識を取り入れさせようとすると、今回の講義にあったような自分が思っていないような結果を見せてやればとても有効なことであると思う(ドヒャー型)。しかし、それがあまりにも印象が強すぎて普段接することの少ないような内容だったら、疑ってしまう部分が必ず出てくると思う。そういったことに対して、詳しい説明を加えてやることはとても重要でだと思う、そこではあまりドヒャーと思うようなものでなくていいと思う。それは、ある意味ジワジワ型なのかもしれない。ドヒャー型とジワジワ型の調和が大切なのだと思う。 |
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他の人たちの意見を読んで、ドヒャー型もジワジワ型も両方重要で両者をうまく使うことによって物事を上手に教えることができると改めて感じた。 |
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今回の講義を受けてドヒャーと思った。今までの教育のある程度工夫された授業がまさにドヒャー型だったからだ。今思えば、自分も実習では、ドヒャー型の授業をしていたのかなと思う。しかし、驚かせてハイ終わりでは、駄目だと思う。ドヒャー、定着、ドヒャー、定着の授業スタイルが望ましいと思う。こどもが知っているような時はどうすればいいのだろうかと、思った。 |
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知っているようで、実際のところは、知らない・・・。みたいなことが多かったです。人から聞いた話や実際に習ったこと、自分が記憶していることを参考にして答えていて、これだろう!思って答えたのに対して、不正解だったのにがっかりしましたが、先生の説明で、納得いくところがあって、理解できました。それにしても、ひまわりに関してのものをあんなにも集めていたのには、驚きました。 |
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私は、高等学校では生物を選択していたので、ドヒャーと驚くことはなく、やはりそうだったのね、というのが「大学生の土着の知識・信念体系に関する調査」を実際に体験した感想である。解説を聞きながら、高校時代の生物の解説よりも詳しく、解り易く、理解が深まったなあ・・・と満足できた。と同時に、自分が高校時代、生物は暗記物だと割り切って答を丸暗記し、理解をしてないことを発見した。さらに、センター試験に必要でない、選択してない科目(物理や地学など)に関する知識が全くといってよい程無いことに気付いた。今は採用試験向けの一般教養問題集で、独学で学んでいるが、こういう機会がないと一生知らない事だって多々あると思う。日頃から、学問に対する好奇心は忘れずにいよう、と思った。 |
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土着の知識・信念体系に関する調査の解説を聞いて、「不一致」課題を先行させることによって学習者の中に誤答を予想し、学習者の知識のくみかえるドヒャー型ストラテジーを今までに自分が経験したことがなかった教授の仕方だったので驚きました。注意点はあるけど、子供に今までとは違った刺激的な教え方ができ、興味や関心をより持ってくれそうだし、効率的で将来役に立ちそうだと思いました。 |
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世間一般に思い込まれていることは、どこであっても、どの世代であっても、差がないのだと知り、納得できる気もするけれど、驚きました。みんな案外いい加減なんだな。 |
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くみかえ型(ドヒャー型)ストラテジーは、ある程度土着の知識があって、それを踏まえて問題を解決していくけれども、授業の際それが先生と生徒との意見が一致しない場合がある。その時に、使用上の注意点の中の「やる気をなくす」者がいた場合、自分は前回学習したつみかさね型ストラテジーをおりまぜてもよいのでは、と考えた。意見の不一致でショックを与えさせない為にも、順序よく指導してそれをつみかさねることが必要だと思った。 |
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「大学生の土着の知識・信念体系に関する調査」を体験しているときは、確かに過去に目にしたこと・聞いたことをもとに考えながら解いていました。しかしその解説を聞いて自分の知識がいかに曖昧で浅いものであったかということを思い知らされました。私は何を学んできたのだろうと思いましたが、ふと思ったことがありました。学校でこのことをきちんと教えられていただろうか、ということです。私たち人間の記憶というものは時間がたつと忘れてしまうということがいわれているけれど、こういう理由でこうなるんだという理屈をきちんと学んでいけば忘れないような気がします。また忘れたり曖昧になってしまうのは学んだこと一つ一つが頭の中で独立している状態で存在しているからではないかと思います。インターネットのように個々で学んだ情報がつながって行き交うことができていればこのようなことはおきにくいのではないかと思います。学校教育では表面的な事実だけをただひたすら教えていくのではなく、その理由付けもして子供たちの記憶の網目ができるように授業方法を考えなければいけないと思いました。 |
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この調査についての解答と解説を聞いて、自分ではそうじゃないかと思っていたことが、実際は正しい知識ではなく、あいまいなままでの知識となってしまっていたことに気づかされました。 |
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他の人の回答を読んでみて、確かに人からちょっと聞いただけの事でも、長い期間その考えを自分なりに持っているうちに、他の知識が入ってきても、それを否定してしまって、なかなか正しいルールに組換えが起こらなくなってしまうのは怖いと思いました。正しいルールの説明だけではなく、今までもっていた誤ったルールについても納得できる説明があってこそ、しっかりした知識になるのだと思いました。 |
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「大学生の土着の知識・信念体系に関する調査」を実際に体験して、ドヒャー型がどういったものかを実感できました。また、授業中に出てきた「仮説実験授業」は、理科教育に関する講義で学んだことがありました。確かに、ドヒャー型は驚きがあり面白いので、効率的に学習を進めることができるように思えます。しかし、注意事項にもあったように予想が外れた場合に学習意欲を無くすといったこともあります。さらに短時間で物事を学んでいくことになるので、考察が浅くなり、結果として学習の内容を忘れやすくなってしまうように思えます。実際に仮説実験授業の模擬授業をやったことがありますが、すぐに内容を忘れてしまうように思われました。その点では、ドヒャー型よりもつみかさね型の方が、忘れにくい点で優れているのではないかと思いました。 |
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大学生の土着の知識・信念体系に関する調査を実際に体験してみて、これまで自分が正しいと思っていたことがことごとく覆されてしまったので驚きました。(チューリップに種があるなんて、夢にも思っていませんでした!)この調査で、私たちはこれまでに経験してきた範囲内で物事を判断してしまうということが判りました。 |
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土着の知識・信念体系に関する調査を実際に体験してみて、自分の知識がいかに過去の経験に頼っていてあやふやであるかが分かった。自分もドヒャー型を体験したが、一気に理解できるのは利点だと思う。しかし、補足説明がないと事実(解答)に関して理解はできても、今までの経験などから成り立っていた知識を否定できず、納得はできないと思う。 |
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土着の知識・信念体系に関する調査を実際に体験し、自分の経験をもとに自分なりの法則を作っていることが分かりました。この自分なりの法則と、学校などで学んだ知識とが結びつかないと、正しい知識として受け入れがたいのだと思いました。 |
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ほかの人の回答を読み、自分の中にある誤ったルールの存在を認識する点が大切なのだと思いました。またそれを認識するだけでなく、様々な視点から物事を捉えることによって、誤ったルールを作り直したり、今後誤ったルールを作らないよう心がけることも必要だと思いました。 |
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チューリップは種ができるかできないかと言われれば、「球根」を植えたことがあると言う『経験』から「種」はできないと思う。 |
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