集計日時:2001年 6月 4日 (月) 22:17
教育工学・視聴覚教育
第5回目の課題(ek5) …回答総数:32
九州大学 久米 弘
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問1 |
〇家で縛られて身動きできない→☆一人でも外に出かけられるようになった。 |
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問2 |
〇自分と他者との関係を知り、両者の間で意思疎通がおこない、人間としての言語的コミュニケーションがおこなえること。 |
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問3 |
1、(教育方法):一つのものごとを教えるのにその前段階として必要な知識と技能を順序良く指導していた点。必要な知識をあれほど細かに順序だてて指導する技術・知識・系統化・体系化の技術はすばらしい。 |
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問1 |
・自分で身の回りのことが整えられようになった。 |
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問2 |
・自分の意志を持つことができ、表現することができる。 |
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問3 |
一番驚かされたのは、言葉を習得し、それを発声することがいかに難しいものなのかということだった。私は、言葉は誰でも簡単に発することができるものと思っていた。言葉を発することができない子どもには一から教えなければならないが、階段を一段一段上がっていくように、一つ一つ段階をふませていかなければならない。しかし、その段階をどのように設定し、伝えていくことが、いかに難しいかがわかった。また繰り返し反復させることが、次の段階に進むための大切なステップになると感じた。 |
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3 |
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問1 |
前回と同じです。 |
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問2 |
前回と同じです。 |
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問3 |
前回の授業を聞いて、先生の言われたポイントについて、自分が全然考えてもいなかったので、それについて考えたことを少し書き出したいと思う。 |
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問1 |
・冒頭では柱にくくりつけられ、人間として扱われていなかったが、最後の場面では人間として他の人から触れられていたように思う。 |
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問2 |
・開発された人間は自分の欲求に合うような行動をする事ができ、それが人間らしさのように思う。 |
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問3 |
・冒頭の場面では、動物のようだったのが、外にでて歩くようになって、手話により人と話す事ができるようになるのはすごいことだと思った。また、指導するのに、一つのことを教えるのに何回もの段階を乗り越え指導しなければならないことも大変だと思った。この題名は「人間開発」とあるが、障害を持って生まれたひとが何かを学んで人間らしい生活を送ることができるようになった事を「開発」と呼ぶのか疑問に思った。健常者であればこれは単に成長しただけのことと思われ、これは障害者においても、同じ事だと思い、「開発」ではなく、「成長」だと思った。 |
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問1 |
前回の回答とほとんど同じですが、初めのほうにクラッカーをもらう事で正誤を判断していたのが、最後のほうには頭をなでられる事などで判断するようになったのはすごい成長だと思いました。 |
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問2 |
前回の回答と同じですが、他の受講生の回答を見て、自分が考えていなかった点などもあり、考えさせられました。 |
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問3 |
今から考えても、冒頭のシゲコが柱にくくりつけられている場面は、人間として扱われていないようでショックでした。しかし、先生が授業で言われたように、親の気持ちを考えてみると、どうしようもなかったのだろうと思います。今でこそ障害を持つ人に対する教育について様々な研究が行われ、障害をもつ子どもを持つ親がどのように子どもを育てているか、どのような学校があるかなどテレビなどを通じて紹介されることにより、人々の知識も増え、意識も変わってきたと思いますが、あの時代では、柱にくくりつけ、ご飯をそばに置いておくことが、子どもを安全にしておくのに精一杯できる事だったのだろうと思います。 |
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問1 |
初めは家族にすら人間として扱われていなかった。(柱に縛り付けられ、足下におにぎりをころがされていて、排泄もそのままそこで行っていた。)→一緒に散歩をし、デパートに買い物に行き、釣りをし、周りの人間との円滑なコミュニケーションをとれるようになった。つまり、一人の人間として、人格を大切にされる状態にまでなった。 |
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問2 |
開発されていない人間はただ生きているだけで、野生動物と余り変わりがない。しかし開発された人間は、より良く生きようとする。 |
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問3 |
映像はなかったが、最初、繁子が柱に縛り付けられていたところ。いくら手が掛かるからと言ってそんなことをするなんて親としてひどいと思った。そしてヘレンは恵まれていたんだなと思った。 |
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問1 |
言葉は悪いけれど,「人間らしく」なったと思う。 |
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問2 |
・言葉のない世界から出てきた。 |
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問3 |
先生が、「赤ん坊は、おなかがすけば簡単な表現はできる。しかし、複雑な表現はできない。それができることが人間らしいということである。それを可能にするのが言葉である。」とおっしゃった。 |
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問1 |
・最初は、快、不快を泣いて表現しているだけであった |
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問2 |
・開発された人間は、褒美がなくても努力することができ |
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問3 |
タダオが点字タイルで方程式を学んでいる場面に驚いた。未知数x(エックス)という概念を、どういった方法で伝えたのか、またそのxの求め方をどのように指導したのかに興味が湧いた。 |
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問1 |
〇泣くことくらいでしか自分の感情を表現することができなかったが、最後には指文字を使い言葉を使って表現できるようになった。 |
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問2 |
〇開発されていない人間は、 |
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問3 |
言葉の概念や指文字を教えることはできるだろうと思っていたが、聞くことのできない言葉を話すことができるようになるとは思わなかった。口の形を教えている場面では、音の振動を伝えることは考えることはできたが、その先までできたことに驚きであり、感動した。赤ちゃんが言葉を知り、考えるという行為が可能になるように、シゲコとタダオも言葉を知って健常者と同様に物事について考え、自分の要求に合う行動が可能になったと思う。また、物事それぞれの概念を知ることで代数や方向、物体を投げてその動きを理解することができるようになったことは、今後様々なことを獲得していく可能性を表しているのではないかと思う。 |
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問1 |
最初の場面では、言い方は悪いが、シゲコもタダオも動物同然で、自分の意志や感情を表現するすべも知らなかったし、ましてや自分の身の回りのことすらできなかったが、訓練により、基本的生活習慣が身につき、手話によって意志や感情を表現することができるようになっただけでなく、伝達することができるようになった。また、発声練習により言葉を話すこともできるようになった。意志疎通がかなったことで、周りに対する警戒心が和らいだせいか、一人で外へ出かけられるようになった。 |
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問2 |
開発された人間は、自分自身や自分の行動、自分の感情を把握し、コントロールすることができる。 |
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問3 |
印象に残っているのは、課題ができたらクラッカーをあげるという動物の調教のような訓練のやり方です。最初はそんな方法で本当の意味で理解できるようになるのかと疑問でした。しかし、最後の方の場面では、与えられた課題を正しくやるという以上のこと(方程式を解く等)を成し遂げるようになりました。もし、この対象が動物だったとしたら、いくら訓練をかさねても課題達成以上のことはできなかったかもしれません。人間だからこそ、もともとそういう能力を備えている人間だからこそ訓練を積み重ねる意味があったのだとと思います。 |
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問1 |
人間らしい生活が出来るようになった(食事やトイレットマナー等)。 |
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問2 |
開発された人は知識をどんどん身につけ、秘められた可能性を実現していけるが、開発されていない人は可能性を実現するきっかけがないので、体は生きていても人として生きていないと思う。ビデオの最後でも言っていたが、まさに「生きる屍」だと思う。 |
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問3 |
最初のシゲコとタダオの状態に驚いた。両親は自分の子どもなのにあそこまでほおっておくものかと思った。もし、施設に引き取られることなく過ごしていたのならば、どうなっていたのだろうかとぞっとする。 |
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問1 |
物の左右や長さ、代数などの概念まで理解できた点。 |
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問2 |
本能の赴くままでなく、考えて行動する点。 |
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問3 |
最後にシゲコとタダオが手を取り合って歩いていく場面。私達にとって想像し難い世界からスタートした彼らの、少しずつではあるが一生懸命周りとコミニケーションしていく姿が、人間にとって大事なことを教えてくれたと思う。これからどんなことを考えていくのだろう?毎日を当たり前に過ごしている私達には分からない発見をして欲しい。 |
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問1 |
“生かされている”が“生きている”へ。 |
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問2 |
開発されていない人間 開発されている人間 |
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問3 |
まず、1つめに、シゲコとタダオが東京に行く場面で、電車の中の人たちが冷たい視線で2人を見ていたのが頭に焼き付いています。今でもまだまだ障害者に対しての理解がないのだから、当時としては当たり前だったのかもしれませんが、あまりにあからさまな態度をとっていたので、腹が立ちましたし、悲しかったです。 |
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問1 |
・外に出ることさえ怖がっていたのに、買い物を楽しむよ うになった。 |
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問2 |
本能(欲)のまま、弱肉強食の生活をする人間は、開発されておらず、目的や目標に対して効率よく・合理的に行動したり、社会性を身につけた人間を開発された人間と判断するのだと思う。 |
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問3 |
買い物に行ったシゲコが「物を買う」意味を理解しておらず、レジの人に選んだ物を渡すのを拒んだ場面。 |
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問1 |
・少し大まかな点であるかもしれないが、冒頭の場面と比 べて全体的に人間らしくなったところ |
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問2 |
・その人に「人間らしさ」がうかがえるか、そうでないか |
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問3 |
しげこが言葉を発声する教育を受けているシーンが大変印象に残った。発声教育を始めて50日目、「あ」の音を発声できるはずなのに発声できず教育が不可能と思われたが、教育段階を最初に戻し、「あ」の口の形をくり抜いた紙をあてさせたところ「あ」を発音することができた。「奇跡の人」におけるヘレン・ケラーの「water」のような盛り上がりには少し欠けていたが、しげこが「あ」を発声したときは驚きとともに感動をおぼえた。 |
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問1 |
言葉を知らない人間と知っている人間がここまで意思疎通を取ることが大変なのかと思った。 |
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問2 |
言葉を知らないから、何がよくて何が間違ったことかがわからない。 |
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問3 |
最後の手を取り合いシゲコとタダオが歩いていたところ。顔も声も聞こえないのに意思の疎通ができているんだな、と思った。 |
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問1 |
はじめの方は全く他者とコミュニケーションを図ることができなかったが次第に図れるようになった。 |
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問2 |
開発されていない人間というのは、つまり家で生活しているだけのペットと同様で便も垂れ流しで用を足す場所を教えるのも一苦労であるが開発されて言葉を覚えるとものを教えることも容易になり人間らしさをもつことができると思う。 |
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問3 |
発声ということを教える場面で発声に必要な要素をひとつずつ段階を踏んで学習者にフラストレーションが溜まらないように気をつけている所が印象的だった。 |
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問1 |
○身の回りのことが自分でできるようになった。 |
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問2 |
開発されていない人間 |
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問3 |
ナレーターが、「目、耳が使えなければ、体が大きくなっても、中身は赤ん坊のまま」といったのに、それもそうであるけど、ショックでした。目、耳が不自由であると生活ができず、補助が必要になります。目が見えないということは、明かりのない、夜に一人で歩くことといっしょで、周りに何があるかわからないといった、恐怖心に襲われ、また、耳が聞こえなければ、危険性はなおさら大きい。だから、怖いあまりに暴力をふるってしまうのが、当たり前だと思います。人間的な行動をとるには、コミュニケーションの最大の手段である言葉を覚えることがまず、先手です。しげことただおは訓練の結果、点字をおぼえ、指文字をおぼえて、言葉を理解することができるところまで成長できて本当によかったと思います。一番印象に残った場面は、言葉を覚えて褒美をもらっていた、しげこの喜んでいる姿を見れたことです。言葉を理解させるのにも、いろんな方法があることに気づかされました。発音をするための訓練のとき、紙に口の形をあけて口に当てて、それと同じ大きさにあけているときの風景には、本当に驚きました。普段、身近に考えないようなことを考え、また、知ることができていい勉強になりました。 |
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問1 |
冒頭の場面では、「人間」ではなく、「ヒト」と呼んだ方が相応しいと思った。暴れないように、邪魔にならないように柱に縛り付けられていた状態であったり、コミュニケーションの手段である言葉が理解できなかったり、といった具合だったのが、人間としてのルールや言葉の理解などができるようになり、だんだんと人間らしくなって、ついには男らしさや女らしさがでてきたことが驚きだった。 |
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問2 |
コミュニケーションをとることや、人間社会に生きていくための最低限のルール(排せつはトイレで行う、など)を守ること、理性を持ち、自分で考えることなどが挙げられると思う。 |
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問3 |
シゲコとタダオが発達の過程において、物事を理解する時に、感覚をフルに使って丁寧に理解していく姿を見て、泣きそうになった。現在お世話になっている書道の先生から最初に教わったことは、「人間には五感というものがあってね、観る・嗅ぐ・味わう・聴く・触れる、これら全てを私たち『すきもの』は日常の中で強く感じられることが大事ね。」ということだ。それをすっかり忘れていて、自分が情けなかった。この授業で思い出すことができてよかった。 |
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問1 |
シゲコは初め日常生活のしつけがなされてないため、ひもで柱に縛られていて、トイレも垂れ流しの状態だったのが、梅津先生の教授により、最後は、整理整頓ができ、みだしなみも良くなった。タダオも、シゲコと同様な状態から、シーツが引けるようになり、掃除や食器洗いが出来るようになった。また、言葉を学習することで、コミュニケーションが取れるようになった。 |
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問2 |
開発されていない人間は、言葉によるコミュニケーションを行う違いがあると思う。それは、言葉を発するというだけでなく、点字や手話などでも良いと思う。また、コミュニケーションを取ることによって、信頼関係が生まれることも開発されていない人間との相違点だと思う。 |
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問3 |
普段は先生にしかつかまって歩かないシゲコがタダオにつかまってシゲコが歩いたところが、タダオとシゲコに信頼関係が生まれ、感動しました。盲目二重障害児の人の振る舞いが正しいか、間違っているかを伝えるには顔や体の一部を触れると正解だと理解できると思っていた。しかし、このビデオを見て、頭をなでることで正解と理解するまでにはその前を理解するため、時間がかかることが分かった。発声練習の息を出す練習は、管を使って繰り返し練習することが大事だと思った。 |
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問1 |
表情が変わった、豊かになった。自分の意思で生活している、生きている。 |
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問2 |
生かされいるか、生きているか。物事の区別がつく。正しか正しくないか判断できる。よりわかりやすく、自分の意思を相手に伝えることができる。 |
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問3 |
授業で言われなければ、誤解したままだった。正解したらクラッカーをあげるのを、与えているようですこしだけ違和感を感じていた。けれど、正しいのか間違っているのか、一番わかりやすく伝える方法、「しるし」。 点字を覚えるのに、どんな方法をとるのかと思っていたら、四角形や三角形の区別をすることから、つながっていくとは! |
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問1 |
最初は目も見えず耳も聞こえず口も話せずにただ自分の知識力で手足を使うことしかできなかった。時折そのもどかしさにいらだったりして暴力的であったが、最後では発声教育によって「ア」という言葉を出すことができるようになり、さらには口で話すことができるようになった。また点字教育によって四角形の概念をもつようになり左右上下の区別ができるようになった。タダオは独創的な掃除法を身につけ、そして点字タイプで方程式を解くことができた。シゲコは口で話すだけでなく理由を伝えられるようになった。ある日、外に出て二人でなんとか自力で歩けるようになった。方角も知ることができるようになった。ボールも投げれるようになった。あと、自分の気持ちも指文字で相手に伝えられるようになった。触覚を使うことで性の区別もできるようになった。 |
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問2 |
開発されていない人間と開発された人間との違いはまず指文字や点字が使えるか否かというのが1つで、次に発声教育によって言葉を話せるか否かである。さらに言葉と意味を結びつけるかどうかである。そうすることによって前者では、赤ん坊,暴力的な面が見られたのに対して、後者では、自立的、感情的になる。例えば、身の回りの整頓を一人でできるようになったり、感情を指文字で伝えられるようになった。このように、前者と後者との決定的な違いは人間らしい考えと、感情という点にあると思う。 |
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問3 |
発声教育や点字教育が私にとって最も印象に残っている。まずいくつかの指導方法を順序よくふまえていって、その1つ1つを見て、それに到達するために類似した例を並べていく。そして正しくできた時は、ご褒美、もしくは頭をなでて褒めることも大事だと思った。しかし間違ってる時はどうするかというと、これは点字教育の所で出てきた通り、子供と一緒に手をもちながら教えることが大切だと思った。また「人間開発」によって、この2人が、人間とは、言葉とは何か、を考えさせられた。視覚,聴覚を失っていても、言葉を開発することで人間らしい生き方、人間らしい考えと感情をそなえつけることができるということを深く考えさせられた。 |
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問1 |
自分で身の回りのことができるようになったこと。 |
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問2 |
自分の感情を表現したり、コントロールすること。 |
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問3 |
前回は映画だったので、こういう人もいるんだということが理解できたけれど他人が演技して表現する間接的なものであるのでどこか現実みが感じられないところもありました。それに対し今回は生の映像だったのでこれが現実だと認識し非常に衝撃的でした。今回の映像を見て、小さいときからのしつけなどの教育は大事なものだということを感じました。タダオとシゲコは目と耳が見えないだけで別に知的には障害がないはずなのに、小さいころ何にも教えられなかったせいか、最初に見たとき知的に障害があるのかなと思ってしまいました。またいかに私たちがただ見るだけ、ただ聞くだけでいろんなことを学んできたかを知ることができました。 |
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問1 |
・始めは一人では出歩けなかったのに、最後は一人で出歩けるようにまでなった点。 |
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問2 |
・外出できて、杖などを使ってでも一人で出歩くことができるという点。 |
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問3 |
ヘレン・ケラーの「water」に相当するような劇的な場面は、省略されてしまっていたのか、それとも実際に見当たらなかったのか、このビデオにはうつってなくてどうだったのだろうかと思いました。 |
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問1 |
前回と同じです。 |
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問2 |
前回と同じです。 |
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問3 |
授業での先生のお話や、他の人の回答を読んでみて、改めて大切なことではないかと気づいたのは、賞罰、特に罰についてでした。 |
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問1 |
"人"として生きていけるようになったと思う。 |
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問2 |
「何も知らない」から、「少しは分かる」に変わった。 |
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問3 |
シゲコに発声の仕方を教えているところが一番印象に残っています。耳が聞こえなくて、さらに目も見えない状況で発声の仕方を教えるのは、とても難しいことだと思います。それでも、本人と周りが最後まであきらめずに努力した結果、声を出せたのだと思います。 |
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問1 |
・最初は野生児のようだったのが、自分で身の回りのことができるようになった。 |
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問2 |
・自分の意志を相手に伝えることができるかどうか。また、相手の意思を理解できるかどうか。 |
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問3 |
家族からも見放されて、ただ「生かされて」いた動物のようだった二人が開発されていくにつれて明るくなっていったようなきがします。点字や指文字を覚えてからは特に、自分の意思を相手にはっきりと示せるようになってさらに生き生きとしていたように思いました。やはり私たちが生きていく上で、「言葉」というものは非常に大切なものなのだと感じました。 |
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問1 |
前回と同じ。 |
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問2 |
前回と同じ。 |
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問3 |
実は、私が『人間開発』のビデオを見たときに抱いた感想というのは「クラッカーで芸を仕込まれる動物のようでかわいそうだった。」というものでした。しかし、その後の授業を聞いて、確かに耳も聞こえず目も見えない人間に物事の良し悪しを教える方法はほかにはないと思いました。いかに自分が見た目だけで判断していたのかがわかりました。シゲコたちの両親のことにしても、「柱に縛り付けられていたなんてかわいそう。」としか考えていませんでしたが、両親の気持ちを考えるとそう簡単には言い切れません。自分の目の届かないところで我が子にもしものことがあったら・・・そう考えると、柱に縛り付けておく以外に方法がなかったのでしょう。また、実際に縛り付けるときも辛かっただろうと思います。教育を受けるにつれて徐々にコミュニケーションが取れるようになっていく我が子を見ていた両親も、シゲコたち同様に(もしかしたらそれ以上に)嬉しかったことでしょう。 |
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問1 |
・自分で身の回りのことができるようになった。 |
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問2 |
・生活の基本動作(マナーなど)ができる。 |
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問3 |
○△□の概念から方程式の理解に至るまでの努力はすごいと思った。特にタダオが方程式を理解しているのには驚かされた。ヘレン・ケラーのwaterのように劇的に変化があり、発展したわけではないが、「つみかさね型」のとおり細かく段階をふみ一歩一歩確実に前進していて良い学び方だと思った。その後、シゲコとタダオがどのような成長を遂げたのか興味がある。 |
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問1 |
・身の回りのことが出来るようになった点 |
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問2 |
・言葉を獲得することで、自分の感情を相手に伝えられ、また相手のことも理解出来る点 |
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問3 |
言葉を獲得していく過程が印象に残りました。。言葉を獲得したことがシゲコとタダオにとって、大きな意味があったと思います。彼らが言葉を獲得した後では、表情が生き生きしていました。言葉がない世界でも、学び取ろうという姿勢はあったのだろうけど、相手との意志の疎通が出来ないので、なかなか成長しなかったのだと思います。それが、言葉を獲得したことで彼らの世界が広がり、成長してゆくようになったんだと思います。 |
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問1 |
前回と同じです。 |
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問2 |
前回と同じです。 |
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問3 |
先生の話やほかの人の意見を見て、クラッカーのことについて改めて考えてみました。ビデオで最初にクラッカーを与えている場面を見たときは、欲求をうまく利用して相手に正しいことを伝えているんだと思いました。先生の話でもありましたが、ヘレンのように首を縦に振ることが正しいの合図であるなど、相手の呼びかけが何を意味するのか分からなかった彼らにとっては、クラッカーを与えることで伝えるしかなかったんだと思います。また、最初はクラッカーをもらうために訓練をしていたかもしれませんが、いつしか正しい答かどうかを確かめるためのものに変わっていったのだと思います。 |
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問1 |
・他人に意思を伝えることができ、他人の意思を理解する |
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問2 |
・他人とコミュニケーションが取れること |
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問3 |
冒頭の、しげこは家で昼間柱に縛り付けられ、汚物を垂れ流していた、というところ。親の「どうしていいのか分からない」という気持ちが一番表れていると思う。何とかしたいと思っても、何をしていいのか分からないというのは、親にしてみればすごくつらいことだと思う。 |
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