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教育工学・視聴覚教育

第7回目の課題(ek7)

九州大学 久米 弘


回答者:081302 荒川 妙

課題1
問1 自分には皆さんのようにはっきりと人に話して聞かせられるような体験がなかったなあと、皆さんの意見を読みながら思った。自分のことにしても、教育実習のことにしても、なんだかぼんやりとしている。しかし、強いて挙げるとすれば私は小学校3〜4年の間のことがそうなのかもしれない。私の場合、技術面というよりは精神面での水準(?)だった。山あいの小さな村に生まれ育った私が通った小学校は全校児童が70人弱で、私のクラスは14人だった。こう書くと和気あいあいとした風景が浮かぶだろうが、その頃の私は、かなり大人受けがよく、したたかで他人を見下し完璧主義を最善とした。先生達からも友達からも気を遣われ、特別扱いされながら私はいつか冷めた眼をした子どもになっていたらしい。その先生は、私を最初に見て、「この子を変えなければこのクラスは変われない」と感じたそうだ。そのときの私の心の「現在の発達水準」は「完璧であること、ひたすら自分が主役」ではなかったか。ちなみに、先生のその言葉は小学校を卒業して数年後に、母から伝え聞いた。それからの先生は私をよく怒った。今まで許されたことも必ず怒った。それに、他の児童を私に言い聞かせるようにして誉める機会が多々あった。それだけだとまるで教師が嫌な児童を虐めているようだが、誤解しないでほしい。そのうちに私のなかに自分を特別扱いしない人もいるという事実が定着した。それでもまだえらそうなのだがそういった考えが今までの私にはできなかったのである。ここで私は「未来の発達水準」に身をおいた。時は流れ、私は中学生になった。新しい先生はその人物が破天荒で、これまでの私が全く通じない、というか馬鹿馬鹿しく思えてきた。その教師はこれまで以上に私をごく当たり前に扱った。叩かれたこともある。ほどなく私は弱い立場の友達を苛めることに罪悪感をおぼえはじめた。そんなとき、かつて自分が友達を苦しめたように、苛めを受けた。集団でのけものにされた。目立つ行動をとることが気にくわなかったらしい(笑)。(人一倍気の強かったこともあって、絶対屈しなかったらあとで逆にリーダー格の子が仲間から外されたようだ・・・。)周りの私への態度、仲間はずれ。そんな経験は私をみるみるうちに柔らかくしていった。自分を特別扱いしない人もいるのではない、特別扱いなどされる理由は何もないほど自分は「ごく当たり前の」子どもだということ、堅さや高すぎるプライドは生きていく上で邪魔にしかならないこと、自分の軽はずみな気紛れに一生傷付く人がいること・・・。そして私は思いやりと謙虚さという二つの「道徳」を10年以上かけて身をもって理解した。今思えば、小3〜4の頃の先生と中学の担任とで私自信を冷酷な「ヒトガタ」から「人間」へと変えていただいたのではないだろうか。それは、今まで受けたどんな道徳の授業よりも強烈で、「人の心の痛みを理解する」という未来の発達水準に達していると思う。万一、私がカタブツのままに成長していたらと思うとゾッとする等と思う今日このごろ。ちなみにその反動からか、今ではまた課題を送り損ねてふうーとかため息をついているようなこんなにだらだらした人になってしまった。徳永先生、寺師先生、ごめんなさい。

問2 上記の例に基づいて考えてみることにする。まず、小学校3〜4年の時の担任の教師は私の現在の水準を本当に的確に見抜いていた。そしてそれに応じて彼女がとった方法は、必要以上に私に厳しく接することで私のなかから甘えや奢りといった、発達の上で障害にしかならないものを少しずつ取り除くことであった。ここでもし、「厳しさ」という手段を彼女が選ばなかったら、こんなにも顕著な変化は見られなかったであろう。まず子どもをみつめ、一番その子どもに合った方法をとった。その進度も絶妙ではなかったか。一歩間違えると、「厳しさ」という方法をとっている以上、子どもが強く反発して失敗に終わる可能性がある。しかし、この教師の場合、私の性格を脱帽するくらい正確に掴んでいたようだ。(詳しくは長過ぎるから個人的に聞いていただく方が望ましいかもしれない。)さらに彼女は私の母親にその主旨を説明し、協力を得ていた。家庭との連携もきちんと押さえていたよい例だと言えよう。この例で(本当によいのかどうかは別として)私なりに解ったのは、子どもを現在の発達水準から未来の発達水準に引き上げるのは、実体験に基づく個別指導が有効なのではないかということである。それには、やはり教師にある程度の「器」が求められてしかるべきかな・・・。課題の主旨からどんどんはみだしてしまって申し訳ない限りです・・・。



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