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教育工学・視聴覚教育

第6回目の課題(ek6)

九州大学 久米 弘


回答者:082504 古賀 弘之

問1 自分の持っている土着の信念・知識体系を、ルールとしての一貫性を示す実例と共に記述してみよ。
 私は、音楽家になるためには、まずなによりも楽譜が読めなければならず、ピアノが弾けなければならないという信念・知識体系を持っていました。なぜなら、学校教育の音楽の授業ではまず楽譜の読み方を教わるし、楽譜が読めなければ楽器の演奏は人に教えてもらったり、みようみまねで覚えたりしてとても苦労した記憶があったからです。しかも、楽譜のよめる子、特に女の子は小さいときからピアノを習っていて、よく校歌の伴奏などを全校生徒の前で弾いていて、うらやましいなと思ったものでした。実際、楽譜が読めない、ピアノの「ド」の場所がわからない、リコーダーで何の音を出しているのかわからないといった理由で音楽が嫌いだったり苦手だった友人も多かったように思います。
 私はといえば、楽譜が読めないというハンディをもちながらも、中学ではブラスバンドに入り、小さいころからピアノを習っていた友人に楽譜の読み方や、ピアノの初歩的な手ほどきを受け、やっと少しは音楽的な能力がついてきたかなと思いつつ、テレビで天才少女が演奏したりしているのをみると、感動しつつもショックをうけずにもいられないという状況でした。そんな小中学生でしたから、音楽の道というのは楽譜が文章のように読めて、ピアノが初見で弾けることが音楽をする人の最低条件のようなものだと思っていました。

問2 すでに何らかの「土着の知識・信念体系」を持っている人々に対して、それと対立するような知識を伝えなければならない立場になったとする。できるだけ効果的なプレゼンテーションを提案してみよ。
 まず、「世界の3大テノール」の一人として有名なパァヴァロッティの演奏を視聴させる。そのあとで、「このような音楽家にとって必要と思われる音楽的な能力は何ですか」と聞いてみる。そのあとで、彼は実は楽譜が読めないにもかかわらずオペラ歌手になったということを告げる。また、千住真理子のヴァイオリンの演奏を聞かせ、彼女は音楽大学にはいかないでヴァイオリニストになったことを告げる。このように、クラシックの世界は特別なような気がするが、実はバンドなどに置き換えてみても、彼らの中にも楽譜が読めなかったり音楽の専門教育を受けていなかった人は多い。学校の音楽は苦手だったという人も多い。一般の人がカラオケで歌う場合にも、楽譜を読めなくても、発声の訓練を特に受けていなくても上手に歌を歌う人がいる。小さい子では、童謡を口ずさむ子もいる。要は「好きこそものの上手なれ」ということになるのではないだろうか。日本人はとかく資格とか出身とか肩がきで判断することが多いが、能力で評価される部分を忘れてはならないと思う。



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