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回答者:091103 池永 龍子 講義を聴いていると、普段から「多分こうじゃないかな?」程度でしか言えないはずのものを、「・・・だよ、だって・・・」とかなり確信を持って答えていたことが、少なくなかったように思う。つまり、学校で習ったこと・日常生活で学んだことの応用から、何事も判断しようとする、それが土着の知識・信念体系となっていたなんて・・・・・・ちょっと驚きでした。
講義を聴いていると、普段から「多分こうじゃないかな?」程度でしか言えないはずのものを、「・・・だよ、だって・・・」とかなり確信を持って答えていたことが、少なくなかったように思う。つまり、学校で習ったこと・日常生活で学んだことの応用から、何事も判断しようとする、それが土着の知識・信念体系となっていたなんて・・・・・・ちょっと驚きでした。