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回答者:085305 末並 沙智子
冒頭では、外界との接触点がほとんどないように見えたが、最後では言葉なども習得し、外界とのかかわりを多く持っているように見えた。そして、学習前はまるで動物のように、本能やもしくは言われるままに行動していたように見えたけれど、学習後は何らかの意志を持って行動しているように見えた。表情も、年齢のせいだけではなく、何処か変わったように思う。それから自分の意思を伝えることができるようになった為か、年齢によるものか、行動に幅が出たように思った。
開発されていない人間は、理性より本能が先に出る。行動に幅がない。開発と学習は近しいものだと思うのだが、学習意欲は学習するなかで培われていくものなので、学習を少しでも始めた人間とそうでない人間とでは、どんどん差が開いていくと思う。
冒頭の、男の子が仰向けに寝転んで手をぶらぶらさせて遊んでいた場面。目も耳もきかないので、手をぶらぶらさせる感覚が楽しいのだろうと、何となく印象に残った。少し大きくなって、二人で外を歩いている場面。互いが互いを、どう認識しているのだろうと考えた。「東京の先生に会いたい」とプレートに書いて持っている場面。同じく先生のことをどう認識し、どういう交流を通してそんな風に「会いたい」と思うようになったのだろうと思った。最後の先生が歩いている二人を見守る場面。先生の心中も気になるが、また、先生の視界を歩いていく二人の心中もどう言うものだろうと思った。