前のページに戻る


教育工学・視聴覚教育

第4回目の課題(ek4)

九州大学 久米 弘


回答者:083017 吉田 真貴子
  1. 冒頭の場面と最後の場面との相違点

    「はっ」ト思わせるシーンがあったにもかかわらず、見落している部分が多いと他人の意見を見て感じた。大体の人と同じ意見で、自分の最初の回答とあまり変化はない。私は最近「環境」について考えさせられる。「環境」によって人の性格が大きく変化するからである。思うに、例えば、障害をもつ兄弟がいるとすれば、生活環境もその人中心になるであろうし、ちょっとしたところに、気配りが出てくるだろう。

  2. 開発されていない人間と開発された人間との相違点

    シゲコとタダオは、その後どうなったのであろうか?という疑問が新たに沸いてきた。月日が経つにつれ、日に日に成長(習得)していく姿が手に取るように分かった。人間は、どの程度で満足するのであろうか?いつその言葉の意味を知るのであろうか。人間らしさとはの問いに、人間開発の言葉の意味が隠されている。梅津先生の言葉は露骨すぎると感じたが開発の意図するところがよく分かったのではないかと思った。感情のまま、気の向くままにいきることでは、社会に順応しきれないと思う。人間にとって、教育とは、なくてはならないもので一種の社会への適応力をつけるための準備期間でないかといえる。無でなくなって、初めて無がどんなに恐ろしいものであるかを知ると思った。

  3. 印象に残っている場面と感想

    シゲコが下着を買おうとしているシーンで女性らしさを感じた。また、タダオが数学をしている場面にはっとした。はじめの段階を想像すると、数字を読むことでさえ大変なのに計算までもできるようになった。努力と教育者の根性の証だと言えるだろう。最後に、シゲコとタダオ二人寄り添って歩く姿を見て逞しさと喜びを感じた。


前のページに戻る