回答者:081302 荒川 妙
|
冒頭場面において、シゲコは自分の意志のもとで自由に行動ができぬように縛られていた。意思を伝えるにも伝達に用いる手段を持たなかった。人間というよりは、本能のままに生きることしか知らない動物のようだった。教育が行われた後、シゲコにタダオは伝達の手段こそ違うものの、障害をもたない人々と同じように自由に自分の意思を伝えることができるようになった。それは、’己の意志を持ち、感情を表現し、考える能力を有している’ということにつながると思う。つまりそれは自分たちの周りの状況のとらえかたが変わったということなのではないだろうか。 |
|
言葉を理解する。 |
|
シゲコが先生と音声によって会話している場面で、指文字も含めてではあったが、こんなにも生活に支障をきたさぬほどのコミュニケーションができるまでになれるのだなととても感心した。じっくりと時間こそかかってはいるが、シゲコにとって一番妥当ではないかと思われるだろう方法をとって確実に教えていったことで、ものの概念という考えもきちんとついたのだろうと思った。東京にて先生のもとを訪れた女性にシゲコがとても嬉しそうな態度を見せていたことも、きちんと’嬉しい’という感情が働いたからだろう。買い物をするシゲコの様子は、休日に自分の欲しいものを楽しく探し回る、障害のない女の子達と同じものだった。 |