From: MATUMOTO Hiroyuki <matumoto@scs.kyushu-u.ac.jp>
Date: Thu, 14 Jan 1999 16:59:58 +0900
3CS96024N 松本 洋幸
(1)
初めにやや直感的な印象を述べさせてもらうと、「知識を体系的に整理し、記憶
していること」という言い方はいささかトートロジーではないだろうか。「知
識」とは「体系化」されていて初めて「知識」たり得るのではないか、という印
象を自分は拭いきれない。
次に、とりあえず、「知識を体系的に整理し、記憶していること」という言い方
を前提にして議論して行くとして、自分は次のように考える。コンピューターが
「データーの保存」という行為において、人間の能力をはるかに上回るとして
も、人間の「知識を体系的に整理し、記憶していること」という能力の代替機能
を果たすと考えるのは安易であろう。いくら大量のデーターを保存しても、それ
を「体系化」するのは、コンピューターではなく、人間の行為であり、人間の主
体的な問題意識が介在しているわけで、それをぬきにしてはいかなるコンピュー
ターも無意味なものになってしまう。情報化社会においても、「知識を体系的に
整理し、記憶していること」は依然として重要な能力であり続ける。
(2)
問題文の中で「誰が」という主語が欠けており、情報の送り手か、受け手なのか
(こういう区分の仕方にも問題があると思うが)、主体が判然としない。ここで
はとりあえず、情報を作成する側が、「情報化社会」を体現する上で注意すべき
点をいくつか挙げてみたい。
(1)凡例をつくること
自分がいかなる作業を経てデーターを得たのか。つまり自分の作成したデーター
の持つ射程、ならびにその作業過程などが明確に伝わるような説明が必要であ
る。
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MATUMOTO Hiroyuki
mailto:matumoto @ scs.kyushu-u.ac.jp