From: MATUMOTO Hiroyuki <matumoto@scs.kyushu-u.ac.jp>
Date: Wed, 16 Dec 1998 16:43:56 +0900
(1)調査についての感想
自分がいかに無根拠な知識をアテにしているかということは、うすうす自覚はし
ていたつもりだが、こうした形で実証的に提示されたことは、それなりに興味深
かった。ただ「揚げ足を取る」わけではないが、なぜ調査の題目が「大学生の」
なのだろうか?授業では、ごく一般論として展開されていたように聞こえたので
すが… 別にこうした「土着の知識・信念体系」は、「大学生」に固有のもので
はないし、また「大学生」として一元的に論じられないことは、何よりもデータ
ーが雄弁に物語っているのではないだろうか。更に「土着」という言葉にやや違
和感を覚える。「自生的に」という意味で使われていたようだが、果たしてそう
なのか。そうした知識・信念体系を支える社会的なコードなどが歴史的に作られ
ているのではないだろうか。そうでなければ、授業で確認された「知識・信念体
系」といったものは、人間に本能的に備わっているものである、ということにも
なるかもしれないが、まさかそんなこともないと私は考える。
(2)先生のおっしゃる「土着の知識・信念体系」に相当するものかどうかやや
不安だが、我々は「ナショナル」なものに対して無自覚に形成された「知識・信
念体系」を持っているのではないだろうか。現在の「日本」と呼ばれている領域
内の住民「国民」は、同一の言語を語り、同一の経験をし、また同一の歴史を持
っている、といった感覚に大きく拘束されてはいないだろうか。「日本語」をめ
ぐる問題について考えてみると、そもそも「日本語」なる統一的な言語系が創出
したのは、少なくとも19世紀頃である(国学の出現と関連性がある)。なのに、
ついつい、自分の祖先も同じ「日本語」をしゃべっていたような気になる。だか
ら、「日本史」などという分野ができているし、なぜか日本人が日本のことを最
も知っているかのような幻想に囚われている。むしろ、過去は「別の国である」
という原則をもう一度考え直すべきではないか、と私は思うのだが…
(3)上記のようなことを、「ナショナル」な存在を前提としている人に効果的
に伝えるためには、とりあえず、「日本語」なる存在が歴史的につくられたこ
と、更にそれ以前は、人々は一つの言語系に属していたわけでないことを実証す
る必要がある。そのためには、例えば同一人物が、漢語・候文・仮名文・口語・
方言などを、場所・相手によって使い分けていたという事実を、当時の史料を使
って例示することが第一である。また当時の「日本」の地理的な捉え方が、現在
とは全く違っていることを古地図などを駆使して説明することも可能である。近
代以前の地図では、日本列島の周辺の境界部分は非常にあいまいに書かれてお
り、また各行政体も俵型で表示されており、いってみれば、地図上に非常に「隙
間」が多いことが、一つの特徴である。現在のような無数の「境界」でかこまれ
ているような地理認識ではなく、「日本」というイメージも現在とは大きく異な
っていたことが分かるのではないだろうか。
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MATUMOTO Hiroyuki
mailto:matumoto @ scs.kyushu-u.ac.jp